雪解け
 其の四

蔦は読み終えて、それを胸に押し付け目を閉じた。
姫がいにしえの蝦夷討伐の将軍の血を引く身であることを思う。蝦夷と呼ばれかつてこの地に跋扈していた朝敵を捕えたというその武人は、お上に対して降伏したその長二人の助命を願い出たという――それは叶うことがなかったが。姫は確かにその血を引くのだ、と蔦は思い知らされる。
そしてまた蔦は思う。愛姫の郷里には見事な滝桜があるという。それはしだれ桜で、風に枝をそよがせつつも、幹は太く、根は大きくしっかりと地をつかんでいる、と聞く。蔦はその桜を見たことはない。今後見るかもわからない――だが蔦は文の遠景に、その桜を見る思いであった。
ふと気付けば、左衛門が母の傍らに這いずってきて、不思議そうに見上げていた。
蔦はいつの間にか零れていた涙をぬぐうと、文を大切に置いて息子を抱きあげた。
「左衛門、愚かな父と母でありますが、母の願いを聞いてくれますか」
左衛門は指をくわえつつも、まっすぐに母を見た。
「お前は片倉の名を背負って、伊達家のために生きるのです。殿と奥方さまがお前を生かしてくださいました。父と母ではありません。この恩、父と母だけでは返せません――お前は、伊達のために生きるのです」
左衛門はじいっと母を見つめていた。母の言葉がわかったかはわからないが、母に向かって笑ってみせると
「あい」
と最近覚えたばかりの返事をしてみせた。蔦は息子を抱きしめ、泣き笑いのまま頬ずりした。


――ちなみに、愛姫からの手紙には『追伸』があった。
『政宗さまが戦場におられるのに、呑気なことですが、喜多に頼んで片倉の屋敷にお邪魔させていただこうと思います。伊達に嫁いでから、あまり城を出たことがありませんので、外を見てみたいとも思うのです。政宗さまと小十郎殿、それと皆さまが守るひとびとを見たいと思います。
 蔦、その時は左衛門と喜多と一緒に散歩をいたしましょう。約束よ。せっかく春なんですもの。蔦は甘味が好きだと小十郎殿がおっしゃっていたので、蔦の一番好きな甘味所に行けたら愛はうれしいです。
 それと、このお文は見つかると怒られてしまいそうだから、政宗さまを見習って即火中、と記しておきますね』

(了)

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2010年10月13日初出 2010年10月17日改訂
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