雪解け
 其の参

それから三日後、政宗の率いる遠征隊が旅立った。小十郎はもちろん軍師として若い主君のすぐ後を行く。それを蔦は左衛門を抱えて遠くから見送る。屋敷に戻れば、文が届いております、と女中頭が言った。
受けとれば、それは政宗の妻愛姫からのものであった。
人払いをして戸を閉め、左衛門だけを部屋に残し蔦は文を開けた。季節のあいさつに続いて、本文が現れる。


『お文を頂戴いたしました。蔦、ありがとう。
 アレをわたくしが知っているということは内緒にするつもりだったのですけれど、秘密というものはどこからか漏れてしまうのでしょうか。
 小十郎殿の無礼と、蔦がそれを咎めなかったということ、わたくしはもう忘れることにいたしましたよ。もちろん、当初は思う所もありましたが、蔦が助かり左衛門も無事であったことが一番だと思いましたので。咎めなかった、という件も夫からあのようなことを言われれば頭が真っ白になってしまうだろうこと、察するにあまりあります。だからどうか、気にしないでください。
 実は蔦と左衛門が顔を見せに来てくれる少し前、喜多はおりませんでしたが、小十郎殿がわたくしと政宗さまに改めて無礼を詫びにいらっしゃいました。政宗さまはもう何もおっしゃいませんでしたので、わたくしがひとつだけ質問させていただきました。
「蔦がいなくなる可能性をお考えでしたか」
 と。小十郎殿はしばらく頭を下げたまま、黙っておられました。そして少し震えた声でおっしゃいました。
「全く考えておりませんでした。蔦を喪うなどただの一度も考えたことがありませんでした」
 と。それを聞いて、わたくしのなかにまだ残っていた「思う所」がひょいとどうでもよくなってしまいました。
 おそらく、小十郎殿は政宗さまやわたくしに逆に無礼を働くとか、蔦を追いつめてしまうとか、左衛門を殺してしまうとか、そんなに深く考えていらっしゃらなかったのだと思います。わたくしはその言葉を聞いて、それを確信し、ちょっと呆れてしまいました。
 男のひとというのは、どこかしら女を呆れさせるものをもっているのかもしれませんね。わたくしは政宗さまにまだそういうところを発見していないような気がしますが、いつかため息をつくかもしれません。
 蔦はそういう意味でも、大変な所に嫁がされてしまったのだなぁ、と思ってしまいました。ごめんなさい。だけど、蔦が小十郎殿を好きだ、と言うのでわたくしはそれでいいと思います。小十郎殿が蔦を大切に思っていることは、震えた声でよくわかりました。きっともうこんな無体はなさらないと思います。それに、またそんなことをしたら喜多が薙刀で叩き切ると言っています。だから、きっと大丈夫です。
 蔦、わたくしは蔦が無事で、小十郎殿が反省していて、左衛門が元気であるならそれでいいのです。政宗さまも同じ思いです。


蔦、どうか体を大切にしてください。左衛門のためにも、もちろん小十郎殿のためにも。それがひいては政宗さまの御為になります。もし何かあれば愛に言ってください。いつか、蔦と姉妹のようになると言いましたね。妹だと思って、辛いこと、楽しいことをどうぞお話になってくださいませ。


片倉小十郎景綱殿が妻蔦殿へ めご』

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