泥中の蓮
 其の四

美味しそうに自分の横で饅頭を頬張る少女が小十郎は不思議だった。一度乱暴にしたし怒鳴ったというのになぜまた来たのか。しかも饅頭を持って。加えて少女はあれこれとどうでもいい話を小十郎にしている。少し前、この社の下に子猫を産んだ猫がいたこと、たまにチンピラがいたので母猫に餌をやるのが大変だったこと、やがて猫たちはいなくなってしまったこと、などなど。
饅頭の返礼代わりに黙って話を聞きその横顔を見ながら、なんで懐かれたのか、とまた思う。そしてそういえば怪我はどうした、と思ったがなんだか口にできずに身振り手振りを交えて話す少女の手のひらが綺麗になっていることを目だけで確認してため息をついた。
変な子だ、と思うしかない。
勝手に進む話に一段落がついたのか、少女は突然
「もう帰らなきゃ」
と言った。小十郎は思わず
「送って行こうか」
と言った。そんな自分に驚いたが、まんざら悪い気はしなかった。だが少女は首を横に振った。
「大丈夫だよ」
そう言って笑う少女に穏やかな心地になる。ぴょんと少女が社の濡れ縁をおりる。小十郎もおりれば不思議そうな顔をするので、
「そこまで送ってってやる」
と思わずぶっきらぼうに言う。すると少女は嬉しそうにした。境内をとことこ歩く少女に歩調を合わせて、鳥居を抜ける。しばらく行った所でまた少女が
「ここで大丈夫」
と言った。
「そうか」
言って小十郎はまた少女の頭を撫でた。嬉しそうに目を細める少女を眺めて、あのな、と言う。
「ここら辺はあぶねぇ所なんだ。もう一人で来るんじゃねえぞ。いいな?」
とたんに、少女が哀しげな顔をする。小十郎は苦笑した。
「お前、ホントはどっかいいところのお嬢さんだろ。俺なんかと一緒にいる所見たら親御さん、目ん玉どっかいっちまうぞ」
するとふるふると少女が頭を振る。
「母上はわからないけど、父上はびっくりしないよ。お兄さん優しいもの」
「あのなぁ……。ともかく、もう来るな」
言い聞かせるように言うと、少しのためらいを見せた後うん、と少女が言った。
「でもまた会える?」
「さあな。すれ違うくらいはあるかもな」
「そっか!」
すると少女はわずかに元気を取り戻したようだった。子どもらしい単純さに小十郎はまた苦笑する。
「じゃあ、またね!」
「……おう」
手を振って少女は駆けていく。それをしばらく見送って、小十郎が背を向けた時だった。
「きゃあ!!」
と幼い声がした。何事かと振り向けば、少女が大柄な男の小脇に抱えられて連れられて行く。
「なっ」
家中の者に連れられて行くにしては運ばれる形が妙だ。じたばたと少女が暴れているのも見える。それに男は小走りだ。小十郎は境内を慌てて戻り、木刀を引っ掴むと男の後を追った。
「待ちやがれ!」
言うと、男がちらりと振り返り、速度をあげた。その走りに、やはり、と思った小十郎も急いだ。
だが出遅れた分追いつくことができない。
男は町の外れの、家がまばらに並ぶ所に向かっていく。そこにねぐらがあるのか、だが並ぶ家のどれがそうなのか小十郎には見当もつかず、ただ追うしかない。
ふと開けた場所に出る――その時だった。
ざっと目の前に人が飛び出してきた。どけ、と言いかけて気付く。
「よう、三度めだな」
あのチンピラ達だ。小十郎は立ち止まる。
チンピラどもは今度は鉄を使った得物を手にしている。一応は学ぶようだ。小十郎にとってはどうでもいいことだが。
「今日こそは――」
チンピラどもの口上などに興味はない。小十郎は木刀を低く低く、構えた。
息を吐き、また吸い込む。雷神の招聘の仕方はわかっている。いつもは苛立つだけのこの能力。だが、今はこれを使うべき時だ。
バリバリと辺りがまた帯電する。
「また妙な真似を――」
チンピラは全てを言いきることができなかった。怒気を含んだ雷撃が放たれ、チンピラどもの持っている鉄を打ち、肉を焼いた。
煙を吐いて一斉に倒れた男どもを踏みつけて、小十郎は少女を抱えた男の後を追った。

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