tagelied ――21と16――
 其の弐

金継屋で茶碗を引き取ったあと、道具屋で木製の針箱を眺めた蔦は首を横に振った。気に入るものがなかったらしい。
「急ぐわけでもありませんし」
小十郎が気にした様子で後にした店を振り返ると蔦は言った。そして蔦はそれよりも、と顔を輝かせる。
「お茶屋さんに行くんですよね」
「ああ」
蔦は甘いものに目がない。小十郎が頷けば嬉しそうにする。芋や栗を練ったものも喜ぶが、小豆を使ったものは格別らしい。城で茶請に出されれば、周りの目を盗んで小十郎は土産にしていた。一度、政宗に見つかってからかわれたことがある。別なときにはふと帰り道にきなこのねじり菓子を買って帰ると子どものように喜んだ。
茶屋――と言っても要するに団子屋である――にたどりつけば蔦は美味しそうに串団子を頬張る。いつも歳よりしっかりして見える妻が年相応な顔をするのに小十郎は満足して茶をすすった。
そしてふと、見合いの少し前に政宗が「特別だ」と言って出してくれた菓子を思い出す。南蛮から来た菓子とかで、舌がざらつくほどに甘かったことだけが記憶にある。ふわふわとした食感の鶏の卵と小麦粉と砂糖を使った菓子。あれを食べさせたら喜ぶだろうか、と蔦の横顔を見ながら思う。その視線に気づいたらしい蔦がこちらに顔を向けた。
「もしかして、餡ついてます?」
先ほどまで見えなかった顔の反対側に、その通り餡がついていたので小十郎は思わず笑った。蔦は眉を寄せ、小十郎に見せていた方の口元をぬぐう。指先が肌しか撫でないのに不思議そうな顔をする蔦にまた笑いを誘われる。
「逆だ、逆」
と言って親指でぬぐい取る。指の腹に乗った餡が目に入れば、蔦がそこへ唇を寄せてきた。柔らかな唇に指の腹を食まれてビリと小十郎の全身に電撃が走った。
珍しく、かつわかりやすく耳まで真っ赤になった小十郎に蔦も自分がしたことに気付いたらしい。
「ご、ごめんなさい!」
ぱっと身を離した蔦も珍しく慌てている。もちろん自分のやらかしたことに蔦は小十郎以上に真っ赤である。小十郎はフイと顔をそらした。
「す、」
「はい?」
言い淀むと蔦が覗き込んできた。横目で見れば黒目がちな瞳が恥ずかしさのためか、心なしか潤んでいるように見えた。
「すきだ、な、本当に。甘いもの」
「……はい。……、すみません……」
「いい。……気にするな。夫婦、だからな」
「……はい」
それにしては妙にぎこちない若い男女に、店の奥で老夫婦が微笑んでいたことなど小十郎も蔦も知る由もない。


すこし何か店を冷やかして帰ろう、と小十郎がいえば蔦はどこか嬉しそうに「はい」と言った。見たいものはあるか、と聞けば
「小間物をすこし」
と言う。やはり小間物屋か、と思ってそちらに向かえば蔦が少し遅れてついてくる。歩調をゆるめて並ぶようにすれば、蔦が見上げてくる。
小間物屋に辿り着けば、蔦はまた嬉しそうにした。女物の小物を扱うこの店は、小十郎にとって最も縁遠い場所だ。町の娘たちが連れだってあれやこれを見ているのに気が引けて、店の前に所在なげにしていれば、蔦に袖をひかれた。店に入れば、主人がお武家さまが入って来た、と珍しそうな視線を向けてくる。
蔦はそんな主人の視線など気にも留めず――小十郎にはよくわからない化粧道具や自分では扱えない可愛らしい布の袋物などを見ている。小十郎がそれを視界に入れつつあたりを珍しげに見まわしていると、主人が話しかけてきた。
「奥さまですかな」
「ああ、そうだが」
城に出入りしている商人とは違い気さくに店の主人は笑う。そして小声で付け足した。
「見たところ新婚さんと見えますね。株をあげる好機ですよ。なにか贈り物がご入り用ですか」
「……正直、俺にはよくわからないものばかりだ。妙なものを贈るより、欲しいものを贈りたい」
あれこれ見るのに夢中に蔦にまた年相応なものをみつけて小十郎は目を細めた。店の主人はにこにことそれを見守っている。髪飾りをいくつかとりあげる蔦の動きに注意していれば、どれも取り上げるだけで物欲しそうな視線はなかった。
「……あ」
小十郎が諦めかけた時だった。蔦がひょいとなにか薄くて丸いものを取り上げた。
「ああ、鏡ですね」
それは持ち運び用の手のひらに収まるような鏡だった。店主がいそいそと蔦の側に行く。
「これは、蓋と番になっておりまして」
蔦から品物を受け取った店主がかぱり、と蓋が開く。鏡が現れて、番になった蓋の部分には半月型の小さな櫛が収まっていた。
「わぁ、櫛まで!」
「お出かけなどに便利ですね。それと、蓋の部分を折って立ててやれば小さいけれど立鏡としても使えますよ」
「小さすぎて立鏡にすると覗き込むのが難しいと思うけれど――蓋の所を持てば持ちやすいわ。櫛もかわいいし」
そこでひょいと店主が視線を小十郎に投げてきた。贈り物はこれですよ、と目で言われて機会をうかがう。
「蓋の模様もいくつかありますよ。それと、櫛ではなく鏡が二つはいったものもございますよ。立鏡の方がよろしければ、四角いですがもう少し大きなものも」
店主は蔦の前にいくつも鏡を置いていく。ちりめんで装飾された鮮やかな品、朱塗りの品、文様を彫りこんだ品……。小十郎は品の色とりどり具合に少々めまいがした。だが蔦はひとつひとつを真剣に眺めている。しかしそれをよく観察すれば、うさぎや鳥などの意匠がしてあるものばかりを選んでいることに気付いた。それらは花をあしらった鮮やかなものと並べれば少し目立たない品だ。
そこで小十郎は蔦が動物が好きであることに気付いた――そういえば畑に行く途中で馴染みの犬を見かければ犬の方が飽きてしまうまで撫でているし、猫を見かければ触りたがる。鳥の声に空を見上げ、軒の鳥の巣をときおり見上げ雛が育っているみたいです、とそっと耳打ちしてくる。草花にだって目を向けて時折道端に屈むこともあるが、それよりは犬猫にあった方が嬉しそうな顔をする。
「あっ」
と言って蔦が取り上げたのは、福々しい猫が笑い顔で眠っている意匠がしてある丸い鏡だった。猫はどこかひょうきんで、少し笑いを誘われる。よく見れば、猫の上方に半月に少し足りない月が雲とともに描かれている。
「この猫、なんだか好き」
言いながら鏡を見始めてからはじめて蔦は小十郎に目を向けた。
蔦は鏡に再び目を落とすとぱかりと蓋を開けた。半月の櫛が鏡とともに収まっている。蔦はそれを確かめるとまた鏡を閉じた。そして、猫と月を優しく指先で撫でて思案顔をする。小十郎は笑う。
「いくらだ」
「はい、毎度」
「小十郎さま」
店主と小十郎がやりとりをし始めたのに蔦は慌てる。小十郎はそんな蔦にまた笑った。
「こういう時は黙って買ってもらってやるってのが可愛いってもんだぜ」
「いいんですか?」
「だから、黙ってろって」
小十郎は蔦の頭を撫でた。その手の下で「はい」と蔦が嬉しそうにする。
そのやりとりを見ながら、にこにこした店主がおまけで鏡を入れるちりめんの小袋をつけてくれた。


それから蔦は終始礼を述べてずっと嬉しそうにしていた。猫がそんなに好きか、と言えば
「はい。でも、小十郎さまが手ずから初めて贈物を下さったことと、一緒にお買い物ができたことの方が嬉しいです」
と屈託なく言われて小十郎はガリガリと頭をかいた。しばらく歩いて人通りの少ないところに来ると、とと、と蔦が小十郎に歩み寄って来た。それから寄り添って、ぶらぶらとさげていた武骨な手に小さな手を絡めてきた。驚いて傍らを見下ろせば、蔦は頬を染めていた。小十郎は何も言わずに小さいが働き者の手をそっと握り返した。


その夜には――蔦がいつもより積極的に甘えてきて、なるほど「でぇと」というやつも悪くない。今度は畑に寄らずに出かけてみようか、などと思った小十郎であった。

(了)

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2010年10月8日初出
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