縁談 
 其の一

「傅役が独り身ではなんだか間抜けだろうて、いや、元服も過ぎたから傅役でもないか」
「……はあ」
政宗の父で伊達16代当主輝宗に突然呼び出された片倉小十郎は、いまだ見えぬ話に首をかしげる。そんな様子のかつての己の小姓に輝宗はくつくつと笑った。
「一番身近に近侍する者が自分より年上なのに、主の方が先に嫁を貰うというのもどうか、と言うておるのだ」
微笑みながら言う輝宗に、小十郎ははっと顔をあげた。
「では田村清顕殿のご息女愛姫さまと縁談が成ったのですか。おめでとうございます」
心から伏して見せる小十郎に輝宗は満足そうに笑う。
「田村将軍が裔の姫は大変可愛らしいと聞いておる。政宗もあれでなかなか色男じゃ。孫が今から楽しみでならん」
まだずいぶん若いというのにすでに好々爺のような顔をする輝宗に小十郎は思わず笑みを浮かべてしまう。その顔に「おっ」と輝宗が声をあげ手にしていた扇子でピシっと小十郎を指した。
「な、何かご無礼を?」
珍しく年相応に戸惑う小十郎に輝宗はにっこりして見せた。
「それよ、それでいい。お前はどうも硬すぎる。強面だが、笑えば見れんこともない。それを保っておくがよい」
「はあ」
「矢内重定の娘よ」
「はい?」
勝手に進んでいく話にさすがに嫌な予感を覚えた小十郎である。
「大町の検断職にある男よ。城に仕えているわけではないから、お前は会ったことはないだろうが、なかなかに見どころのある男だ。娘がいると聞いてな」
「……失礼ながら、輝宗様」
「蔦、というらしい。矢内は祖父の代から伊達に仕えてくれておる。しかしそれほど家柄が良いとか高いというわけではない」
「輝宗様」
やや押さえた口調で言えば、わかっているだろうに輝宗はとぼけてみせる。
「なんじゃ」
「さすがに気付かない小十郎ではございません」
「うむ、片倉となかなか釣り合いが取れているとお前も思うじゃろう。高すぎず低すぎず」
「そうではございません!」
思わず声を荒げた自分に小十郎は驚いた。
が、ひとつ息を吐いてそのまま続ける。
「この小十郎、この身ひとつで政宗様に生涯お仕えする覚悟。お心遣いはありがたく存じますが、所帯を持とうとは思いませぬ」
かなりの覚悟を込めて口に出したはずが、輝宗は苦笑するばかりだ。
「その覚悟はありがたい。だからこそ傅役にもした。しかしな。何も世間体という話ばかりではない。――まあ、お前が家族やら家庭と言うものにあまり希望を抱けんのも無理もない。儂も良い手本とはあまり言えんだろうし」
「……」
小十郎は押し黙る。幼少期の小十郎は察するに余りある。次男であったので養子に出されたはいいが、そこに嫡男が生まれて苦労した。親戚をたらいまわし、というのはどうにも陳腐な言い方だが、小十郎のこれまでの前半生を表現するにはこれが一番しっくりくる。苦いものを思い出して、眉間に皺が寄る。だが、だからこそ身ひとつで主に仕えようというのだ。身以外に何も持たぬ、持つつもりもない。それが小十郎の覚悟であった。
そして輝宗の言う「手本」というのも、政宗の――傅役として仕え始めた、梵天丸のころを思えば無理もない。病一つ、目を片方喪ったことで母は息子を疎んじ、息子は快活さを一時失った。複雑な母の心もあるだろうが、小十郎にはそれは関係のないことだ。見えたのは暗い御家の事情ばかりである。
「お義ものう、あの通り気が強くて誤解されやすいところもあるが……いいところもあるのだ。家族とはいいものだ。儂はそう思っておる。少なくとも政宗を見れば息子の良さはわかるじゃろ」
「……、少々気にかかるところもございますが」
思わず口を衝いて出た言葉にぎょっとしたが、輝宗は大いに笑った。
「ともかく、会ってみるだけでもいかんか。何事も経験じゃ。なに儂が勧めた話だからと言って無理にその先まで考える必要もない。重定の方にもよく言っておく」
それは無理というもの、と言いかけて小十郎はぐっとそれを飲み込んだ。ここまできたら退いてくれる輝宗ではない。小姓の頃から知っている。

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