氷解
 其の参

さらに数日後、妻と赤子のために駕籠を呼んで小十郎は登城することになった。蔦と左衛門に暖かな格好をさせて駕籠に乗せ、簾を下げようとすれば蔦はそれを止めた。
「左衛門が珍しがっております」
「……雪は降っていないが、寒いぞ。風邪をひく」
「少しだけですから――ほら」
見れば、蔦の腕の中で布にしっかりくるまれた左衛門がなにやらもぞもぞ動いている。積っている雪が珍しいのか、外が珍しいのかはわからない。ともかく外気に触れて興奮しているのはわかる。蔦はその様子をにこにこと見守っている。母の顔だ。小十郎は珍しいものを見て目を丸くしたが、すぐに表情を戻した。
「……少し歩いたら下ろす」
「はい」
そんなわけで、しばらくの間小十郎は蔦と左衛門を見下ろしながら駕籠と並んで歩いた。


城について案内されれば、そこには政宗と愛姫夫婦、そして成実と綱元がいた。部屋に足を踏み入れる前に、すっと片倉夫婦は床に伏した。蔦に抱かれた左衛門があう、と声を上げる。
「まあそんなところにいらっしゃらないで。早く中に」
楽しげな愛姫の声が響く。主夫婦に子がいないことを気に病んで小十郎は事件を引き起こした。翻ってみれば――事件の翌日に政宗が指摘したように――それは政宗、ひいてはその妻である愛姫への侮辱にもなりえた。愛姫には輿入れ以降懐妊の兆候が見られたことはない。武家の妻として、子をなすことは一番の大事である。だが愛姫の小十郎と蔦を呼ぶ声は以前と変わりなく、明るい。それは生来の愛姫の優しげな性格によるものか、それとも蔦と左衛門の無事が一番と思ったのか、小十郎は夫の一の家臣だと思って折り合いをつけたのか。あるいは小十郎の短慮ともいえる愚かしい行動に怒りも呆れも通り越したか、それは誰にもわからなかった。
ともかく、片倉の夫婦は膝を進めた。
「片倉左衛門にございます。本日はお目通り、大変にありがとうございます」
小十郎が堅苦しく言うと蔦がそっと左衛門の顔を皆に見えるようにした。成実が身を乗り出して覗き込む。
「小十郎、堅苦しいのは必要ないぜ」
政宗は言って蔦にそばにくるように示した。愛姫がそばに来た左衛門を覗き込む。
「男の子なのに色白ですね。きっととっても素敵な殿方になるわ」
満面の笑みで言った愛姫の言葉がわかったわけはないだろうが、左衛門がなにやらもこもこと口を動かした。
「抱っこしても?」
愛姫はうずうずといった様子で蔦に聞いた。蔦は笑う。
「ええ、もちろんです。人見知りはあまりしない子ですが、もし泣いてしまったら……」
「大丈夫です。ややは泣くのが仕事だとよく聞いております。泣いたら母上恋し、ということですね。羨ましいです」
愛姫はそっと左衛門を横抱きのまま受けとった。慣れないことなのでぎこちないが、女らしい仕草に政宗の左目が見開かれたのが小十郎と蔦には見えた。
左衛門の方はというと、突然抱く腕が変わったことにとまどったのか目をぱちくりさせ、首をまわして母を探す――その途中、愛姫と目が合うと誰何するように「あう」と言った。
「めご、と言いますよ。左衛門」
「うー?」
不思議そうにしてはいるが泣きださない様子の左衛門に、政宗は珍しげに妻が抱く赤子を覗き込む。
「度胸座ってんな……さすがっつーか……。っていうか意外とちいせぇ」
その声に左衛門が政宗の方を向いた。そしてしばらく、まんまるの目をじっと政宗にあてつづけた。それから片手を政宗に伸ばして開いたり閉じたりする。その意味に気付いたのは愛姫だ。
「政宗様の眼帯がめずらしいようですね」
「Ah, 他の奴はしてないからな」
握っては開かれる手に人差し指を握らせながら、政宗は言う。
「手も小さいな。でも、ふにゃふにゃしてるのに力強いな、意外と」
「政宗様も抱っこなさいますか」
蔦が言うと、政宗は僅かにひるんだようだった。
「いやいい。なんか――小さすぎておっかねぇ」
そう言いながら政宗はつんつんと左衛門の頬をつつく。左衛門が「あー」と抗議の声を上げたので一同は笑った。それから成実がにじり寄って来た。
「オレも抱いていい?」
「泣かれるぞ?」
「梵ビビりすぎたよー。愛姫が赤ちゃんは泣くのが仕事って言ったじゃん」
成実は左衛門を受け取ると様々面白い顔をして見せた。左衛門は泣きはしないがきょとんとしている。蔦が笑いながら
「まだわかりませんよ」
と言っても
「気持ちがだいじー。なんか蔦に似てない? 母上に似て良かったねぇ」
と成実はめげなかった。
そんなやりとりを、小十郎はどこか離れた所から見ている心地だった。ふと視線を感じてそちらを見やれば、綱元が小十郎を見ていた。なにかギクリとするものがあって、小十郎は目をそらした。
そこへ、別な声が響いた。
「御前、失礼いたします」
一同が振り返れば、喜多がいた。ぱっと愛姫の顔が明るくなる。
「よかった。待っていましたよ、喜多」
顔をあげた喜多は小十郎に目もくれず、その表情は硬い。

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