and I love...
 其の六


そこから何がどうしたのかよく覚えていない。伴われて屋敷に戻ったのか。屋敷に着けば女中たちがさらうように蔦を奪い、小十郎は着替えと手拭いを投げつけられた。着替えて蔦のもとに行けば、お医者様がいらっしゃる、と部屋には入れてもらえなかった。
まんじりと時を過ごしていると、下男がやって来て文を差し出した。
『片倉小十郎景綱さま』
いつか見たのと同じ蔦の柔らかい丸みを帯びた文字が見える。
下男が下がって文を開ければ、小十郎がどこかで覚悟していた恨み言はひとつもない。ただ、野菜のこととか、出会ったときのことが記してある。そして最後にこうあった。
『小十郎さまに子殺しはさせられませぬ』
深い所まで読まれていたのだと知り、小十郎は文を握りしめた。
そこへ、女中がやってきた。医者の処置が終わったのかと腰を上げかけると、お舅さまがお出でです、と言った。
力なく客間にたどり着けば、蔦の父である矢内重定が別な文を手に待っていた。
「……」
「……片倉殿」
言葉なく小十郎は跪いて床へ額を擦り付けた。
「蔦から文があり、急いで参った次第」
す、と重定が頭を上げない小十郎に己の文を差し出した。僅かに身を起こした小十郎が躊躇っていると重定が仕草で開くよう促した。
……そこには、両親に先立つ不幸を詫びる言葉と、自分が勝手にしたことだから小十郎を恨まないでほしいことが記してあった。
……だが小十郎の目を奪ったのは次の一文だった。
『鬼子母神ですら子どもを隠されて泣いたのに、子を道連れにする私は一体何なのでしょうね』
「……蔦」
ぽつりと呼べば、重定が言った。
「うらむなと、娘はそう申しておりますが、お怨み申し上げる」
「……矢内殿」
しばらく、二人は無言で対峙した。そして、動いたのは重定だった。立ち上がった重定に小十郎は腰を浮かせる。
「蔦にお会いに」
「今は辛くてできませぬ。……何かあれば一番に使いを」
重定はそれだけ言って小十郎に背を向けた。小十郎はよろよろと座りこんだ。それからしばらく小十郎が客間で床を見つめていると
「おい、小十郎」
と声がかけられた。振り仰げば、政宗がいた。
「政宗様。……気付きませんで、ご無礼を」
「気にしちゃいねえ。矢内のおっさんも俺に気づかなかったな。怒鳴られでもしたか」
「……、いいえ」
見れば、政宗は雪除けを羽織っている。肩やあちこちが塗れており、結構な時間外で雪に晒されていたことをうかがわせる。
そんな政宗は懐からなにやら取り出した。それは木で出来ていて、ごわごわしていて、染料で染めてある。高い位置から差し出されたソレを小十郎は力なく見やった。
それは子どもでも握りしめられるほどの一本の木の枝を削って作る、この地方に伝わる一刀彫の工芸品だ。くるくると器用に渦を巻きつつ幾重にも削られた木は、ひとつとして削ぎ落されることなく、先端を丸くしている。
木肌を見せる僅かに残った根もとの削り残しは連結部になり本来は別な木に接木され茎を得、削られ反り返った部分は花弁となる。木から花の形へ変えられたそれは赤い染料で染められる。だが小十郎に渡されたものに茎はなく、木で造られた赤い――どこか曼珠沙華に似た花の部分だけだ。
「削り花……?」
「部屋が寂しいと蔦に言われて下男が作ったそうだ。見つけたのは辻の地蔵のところだがな」
小十郎は削り花を受け取った。雪にさらされていたのか、木肌が水分を吸って重く湿っている。
「冬だからな。供えるものもなかったからだろ。
……、地蔵の前掛けも新しくなってた。……女中たちは赤ん坊のためだと思ってたらしいがな」
地蔵の前なら通ったはずだが、全く気付かなかった。政宗は削り花を見つめる小十郎を見下ろして言った。
「地蔵は」
「地蔵菩薩は、賽の河原で石を積む子どもを救済する」
「……わかってんのか」
政宗は言った。小十郎は削り花を見つめたままだ。
「蔦が川の中で経を。そのようなところだったかはわかりませんが」
「……」
「自分のために祈っている様子はありませんでした」
政宗はそこで背を向けた。そこでようやっと小十郎は政宗に目を移した。
「それと、多分お前のため。喜多が言ってた。戦があると愛と一緒に祈ってた、と」
言いながら政宗は一度も座らずに部屋を出て行こうとする。
「今回、お前がやったことは忠義でもなんでもねぇ。俺と、愛と、赤ん坊と蔦を利用したただの自己満足だ」
「……っ」
「自分が何をしたのか、よく考えろ」
小十郎は出て行く政宗の背に額突いた。

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