and I love...
 其の四


数刻後、一人残る小十郎のもとへ愛姫の侍女がやってきて、殿と奥方様がお呼びです、というので小十郎はついに蔦と会う覚悟を決めた。主君の命であっては、逃げられない。小十郎とて軽々とあの言葉を言ったのではない。だからこその城で職務に没頭する数日間であったのだ。
――が、着いてみれば政宗と愛姫の他に人の姿はなく、侍女もすぐに下がってしまった。喜多すらいない。
「――蔦は」
「先に帰した。世話人は付けたから安心しろ――っていうのもお前にとっては余計なお世話か?」
政宗の言葉にはどこか棘がある。小十郎がはっとすれば、愛姫が声を出した。
「小十郎殿、蔦を叱らないでやってくださいね。あまりに様子がおかしかったものですから、そうしたら」
「てめえ、子どもは諦めろとかなんとかぬかしたそうだな」
「……」
「申し開きもねぇのか」
政宗が言うと、小十郎は拳を床に着け、頭を垂れた。
「小十郎殿」
黙して語らぬ小十郎に愛姫が困惑したような声を出し、政宗は立ち上がった。
「政宗さま、お待ちを!」
愛姫が言うのも聞かず、政宗は小十郎に歩み寄った。
このままでは小十郎が殴られる――愛姫がそう思い、政宗の袖にとりすがろうと立ち上がりかけたときだった。
どかり、と政宗が小十郎の前に腰を落とした。小十郎が思わず顔をあげると、入れ替わるかのように政宗が頭を下げた。
「な、」
「政宗さま……?」
意外な行動に妻と第一の家臣が動きをとれないでいると、政宗はそのまましゃべりはじめた。
「頼む。殺さないでやってくれ!」
「政宗様、顔をお上げください!」
小十郎が言って、主君を起こそうとすると政宗は抗った。
「お前が納得するまで頭はあげねえ!」
「政宗様!なりません!」
「確かに俺は頼りねぇ!父上だって俺が余計な事をしなけりゃあんなことにはならなかった!遠藤も死ななかったし、左月は百まで生きただろう!」
政宗は吐き出すかのように言う。その傍らに愛姫が来て、政宗の背にそっと手を添える。
「弔いだっていきまいたが、このざまだ。勝っても勝ち鬨もあがらねぇ」
吐き出された声が床にぶつかって跳ね返り、小十郎の耳を打った。
「……」
「情けねぇよ。なにひとつなっちゃいねえ。だから、おまえが不安になるのもわかる。たが!」
す、とそこで愛姫が小十郎と目を合わせてきた。懇願するかのような、泣きそうな目だ。
「必ず天下をとってみせる!二度とガキどもがこんな思いをするようにはしねぇ、だから子どもは殺さないでくれ……!死ぬばかりでやっと生まれてくる命じゃねえか!なんのために死なせるんだ」
政宗が頭を下げたまま、だが堪えきれずに顔をあげ小十郎を見上げた。見たことのない若い主の顔に、小十郎は驚愕する。
「俺に生きろと言ったお前じゃないか……!」
「政宗様……」
小十郎が言うと、若い夫婦が揃って手を着き、頭を下げた。予想だにしない光景に、小十郎は絶句する。
その時、ドスドスという怒りに任せた足音が聞こえてきた。振り返れば、成実である。
「成実殿」
愛姫が言うのと、成実の右手が唸りをあげるのは同時だった。小十郎は彼に強か顔を殴られ、姿勢が崩れた。後ろへと傾ぎ、思わず両肘を床について体を支える形になる。
その小十郎をギッと睨んだ後、成実はそのままの勢いで政宗に目を移した。
「なんで殴ってねえんだよ、梵!」
「成実、お前」
「喜多から聞いた!」
成実はどすりと座り込むと同時に床を殴りつけた。
「なんでだよ、意味わかんねぇよ!輝宗伯父が孫が見たいとか言ってたからか!」
その言葉に政宗と愛姫が目を見開く。小十郎は座り直すこともしない。
「小十郎のことだから、今の状況も相まって、ぬかしちゃだめだとか、墓前に報告の一番は梵と愛姫の子だとかわけわかんねーこと考えたんだろ!」
「……小十郎殿」
愛姫が悲痛な声を出した。政宗に頭を下げられ、成実に見抜かれ、小十郎は身動きがとれない。
「小十郎殿、そうなのですか?でも、順番で言えば、このままが正しいのですよ?だって、小十郎殿と蔦は政宗さまとわたくしより年上なのですから」
「ねじ曲げる気か」
小十郎は何も答えない。
そこへ、また足音が響く。成実のものよりは軽いが、急いている足音だ。
「喜多」
「御前、失礼いたします」
喜多は足早に来た勢いのまま叩頭した。そんな喜多に愛姫はやや緊張した声で問う。
「どうしましたか」
「人をお貸し願いたく」
喜多は顔をあげ、ちらとだけ弟を見やった。
「蔦が居なくなりました」
ひゅっと愛姫が息をのむのが聞こえた。
「独りにしてはいけないと……!」
「女中が文を頼まれ他の者に渡そうと部屋を出た隙だったそうです。文は他に、家中のものへと、小十郎へのものがあったとか。元々考えていたことが、無理に聞き出されたので日を早めたのかもしれません」
「そんな……」
喜多は最早弟を見なかった。だが、小十郎はその間に立ち上がっていた。主君の前を辞す挨拶も忘れて、喜多の横を足音を立てて抜けて行く。
小十郎の姿が廊下の向こうに消えたところで、遅れて成実と政宗も立ち上がった。
「愛、お前は女ども集めて何が起こっても大丈夫なようにしろ。喜多は医者を呼べ。成実は暇な奴とにかく集めろ!」

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