and I love...
 其の参


それから数日、小十郎は登城したまま屋敷に戻らなかった
「Ahー」
四六時中見張られているような気がしてきた政宗は、執務中にもかかわらず筆を放り出すと姿勢を崩して首を左右に振った。ごき、という音がする。
「政宗様」
「綱元のヤロー、自分のsignだけで通るのも回してきてんじゃねぇか。年末までに全部目を通せんのか、これ」
「通せます。綱元殿は現に通しているではありませんか。逆に、通されなければあらゆる者が困ります。年始の準備と諸々もありますゆえ」
小十郎がそう言うと、政宗がまたあーと声を出した。
「お前、屋敷の方大丈夫かよ。蔦、赤ん坊いるんだろ。一人じゃきついぞ。俺は別に逃げねえから帰れ」
「……政宗様の見張り以外にもやることはございます」
「ha! んじゃ、それを綱元か成実に回してやる。早く帰って二人で炬燵にでもあたってろ。なんだかんだ言って長く留守にしてたんだ。蔦、喜ぶだろ」
「……」
「……、小十郎?」
黙したまま答えない小十郎に政宗は訝しんだ。
そこへ、聞き慣れた足音がした。失礼いたしまする、と声がかかり政宗の返事より早く戸が動いた。
「Ah 喜多、あのなぁ」
「別に執務中なのですから、開けても問題ないでしょう。居るのが小十郎以外だったら気を使いますが」
苦言を呈そうとすれば、謎の先手をとられて政宗は頭をかいた。喜多には生まれてこの方勝った記憶がない。
「で、なんだ」
「家臣の妻たちが姫様に年末の挨拶をしに参っております。政宗様はいかがなされますか」
「ああ、そうか今日だったか」
言って政宗は立ち上がる。
「俺も挨拶しねえとな。皆には迷惑かけたままだし、これからも世話になる。蔦もいるのか」
すると喜多はにっこりした。
「ええ、もちろん。子がいる女もいない女も、皆目を細めて。姫様など姪か甥ができるかのように楽しげで。……ただ」
そこでちらりと喜多は小十郎を見た。小十郎は書簡に目を落としたまま微動だにしない。
「肝心の蔦が、明るく振る舞ってはおりますが、憂鬱そうで、何か気にかかりまする」
「……、ほんとか」
「ええ。でも妊娠期に気落ちすることはままありますから」
小十郎を見たまま言う喜多に政宗もそちらを見た。だが小十郎はそのままの姿勢でおり、本当に身動き一つしない。文を追っているのだとすれば動くはずの瞳すら動いていないことに気付いて、政宗は左目をすっと細くした。
何かがおかしい、気がする。
「おい、小十郎。今日は蔦と帰るんだろ。おまえも来い」
「……雑務がありますゆえ」
こちらを見ずに放たれた小十郎の返答に政宗は眉を寄せ、喜多と目を合わせた。
「わかった。……適当なところで切り上げろ」
政宗はそれだけ言うと部屋を出た。

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