and I love...
 其の弐

昨夜の夕餉から夫は何か物思いに耽っている、と蔦は気付いた。
何か問うても短く、上の空に答えるばかりで身が入っていない。珍しい状況に蔦は心配になったが、もとから何でもかんでもしゃべる人ではない。五月蠅くしても仕方ないことだ、顔色が変わったときにそれとなく聞いてみよう、と思いつつ細々としたことを片づけていれば、夕暮れ時、小十郎の書斎に呼ばれた。
失礼いたします、と夫婦にしては丁寧すぎると政宗がからかい愛姫が笑う口調で言えば応えがあった。
障子を開けてみれば、小十郎がこちらにむかって正座をしている。いつもは文机に向かっているか、あぐらをかいているかだというのにどうしたことだろう、と思えば小十郎が早く戸を閉めるように促してきた。

言われたとおり静かに戸を閉め膝でにじり進んで小十郎の真正面に正座する。腹が重くなって少し苦しいが、致し方ない。
「どうしました?」
と優しく問えば小十郎はひるんだようだった。一瞬目が泳ぎ、顔が逸らされかける。政宗の初陣の時に彼を庇ってついた顔の傷がこちらを向きそうになり、止まる。
蔦は首を傾げた。
「本当に、どうかされましたか?」
不安になって聞けば、小十郎がすっと畳に手をついた。
「――?」
蔦はほぼ無意識にその手に己の手を延ばしかける。その時だった。
「子を、諦めてほしい」
何を言われたか解らず、蔦の動きと思考が止まる。小十郎は頭を下げたまま、また言った。
「諦めてほしい」
蔦の手がゆるゆると小十郎から遠ざかり、無意識に腹へと伸びる。そこに諦めてほしい、といわれた存在がある。今や胎動を感じつつある赤子である。
「な――、なにか、私が」
「違う!」
蔦の言葉を遮りつつも小十郎は顔を上げない。
「輝宗様が亡くなられ、遠藤殿をはじめ重臣が殉死なされた。先の戦では姉上の父、左月殿も戦死なされた」
いつもより早い口調で言う小十郎の頭を蔦は見つめる。蔦の思考は止まったままだ。
「このような中にあって片倉家だけが浮かれるなどもってのほか。また――」
小十郎がようやっと頭を上げて、蔦を見上げた。
「輝宗様は、政宗様と愛姫様のお子を楽しみにしておられた。先んじるわけにはいかない……!」
蔦は息を止め、そして大きく吐いた。それから何度も何度も浅い息遣いを繰り返す。
その様子に、小十郎が思わず手を伸ばす。だがそれは叶わず、わずか蔦が身を引いた。
「つ、た」
小十郎が両腕を延ばしてくる。蔦はゆる、と首を振った。
「……でした」
身を引いたまま、目も合わせず、蔦が消え入りそうな声で何か言った。
小十郎は腕をそのままに、動きを止める。
「浅はか、でした……私が」
「蔦」
「小十郎さまと私の縁を結んでくださった輝宗さまが亡くなったというのに、ややが出来たと喜んで」
顔を見ずに言う蔦に、小十郎はゆっくり、ゆっくり、と腕を下ろす。だが思い直して顔を見なければ、と蔦の頬をとらえればその中で妻は俯いた。さらりと前髪が動いて小十郎から表情を隠してしまう。たが小十郎は、蔦の顔を上に向けさせることができなかった。
蔦がゆっくりと頬に触れる小十郎の手を握り、己から離させた。そして、夫の武骨な手から己の手を離すとじり、と後ずさる。
そして、そのまま片倉小十郎の妻はその場に伏した。
「承知つかまつりて、ございます」
小十郎は茫然と蔦を眺めた。その合間に蔦は立ち上がり背を向ける。一瞬、畳で滑ったのか蔦がよろめいた。
「危ない!」
言って手を延ばしかけたところで、蔦は小十郎の手をすり抜けた。

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