and I love...
 其の壱


まだ働き盛りだという伊達輝宗が嫡男、政宗に家督を譲り、隠居したのがついこの間のような気がする。
だがその輝宗はもう亡い。
血気にはやる政宗が攻め落とした城でそれ以上は必要のなかった殺生をした結果、輝宗は和睦の仲介を求めに来たはずの領主に拉致された。
なんとか追いついたものの、追い詰められたら人間の行動というのは恐ろしい。
鉄砲隊に待てと命じる政宗の前で、まだ条件も聞いていないというのに人質の輝宗は斬りつけられた。
倒れゆく父を呆然と見つめていた政宗が、我に返って叫んだのは怒りに満ち満ちた
「撃て!」
という一言だった。

それが秋のことである。すぐに弔い合戦が始まった。輝宗の代から伊達家に仕えていた重臣が幾人も殉死して、小十郎も恩顧ある人物を喪った。輝宗と重臣たちの死は政宗と伊達軍にとってこれ以上ない痛手であった。
士気はあるものの暗いものを抱えた兵による戦は、苦戦を強いられることが多く、事態は膠着することすらある。
――せめて輝宗さまが最期に、生き恥を晒させるなと仰っていたことが政宗様の救いになれば。
小十郎は一人、暗く思った。
……戦場で、小十郎の姉・喜多とそのもう一人の弟・鬼庭綱元の父・鬼庭左月が戦死した。


雪深くなれば戦は無理になる。
自然、一時休戦案が臣下の間から出て、相手からの協定も成った。
伊達軍は年末年始のこともあり、陣にわずかばかりの人を残して城に戻ることとなった。


「お帰りなさいませ」
小十郎が屋敷に戻れば、ほっとしたような妻、蔦の出迎えがあった。
「ここは冷える。居間で待っていてもよかったんだ」
小十郎が玄関の板張りの上で伏す妻に言えば、顔を上げた蔦は首を横に振った。
妻の律儀さに口元に笑みが浮かび、小十郎は履き物を脱いで上へ上がると蔦に片手を差し出した。
「ほら、つかまれ」
ややぶっきらぼうに言っても蔦は微笑んでその手をとってくれる。小十郎は慎重に蔦を立たせた。
その様子に家中のものたちが微笑みあう。
片倉小十郎の妻、蔦はその身に新しい命を宿していた。
小十郎が戦に赴く少し前にわかったことで、父の不在の間、まだ見ぬ子は母に優しく守られて、順調に育っていたようだった。


久々に蔦と夕餉をとる。蔦は小十郎が不在の間のあれこれを夫にはなして聞かせ、小十郎は箸をすすめつつそれに耳を傾けた。
奥州の冬は、長く暗い。僅かな音も雪が吸い込んでしまうなかで、囲炉裏で火がはぜる音がよく響いた。
ちらりちらりと揺れる炎を見つめながら、食事を終えた小十郎は物思いにふけった。傍らの、時々腹を撫でて何やら声をかけながら針仕事をする蔦を見れば、自然と口元に笑みが浮かぶ。
揺れる火に照らされる妻の顔が美しくなったようで、小十郎は穏やかな気持ちになった。
――だが。
ふと、小十郎はそんな自分を冷ややかに見つめるもう一人の自分がいることに気付いた。
――輝宗様があんな形で亡くなられ。
す、と小十郎は蔦からまず目を背けた。
――俺を取り立ててくれた遠藤基信殿が殉死なされた。
次に顔を囲炉裏に向ける。見やれば、炎が小十郎に向かって舌を伸ばした。
――姉上と綱元殿の父も戦死なされた。
ちらちらと動く炎は、小十郎のゆれる心情を代弁するようでもあり、なぶるようでもある。
――そんな中、俺だけが浮かれるなど。
ふと思い出したのは、輝宗から蔦との縁談を持ちかけられたらときのことだ。
あの時は確か、政宗と愛姫の縁談が成ったばかりで輝宗は大変浮かれていた。
『孫が今から楽しみでならん』
小十郎は、はっと気付いた。
――輝宗様は、お孫様も見ずに亡くなられた。
と。

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