変化
 其の四

せかせかと働く休日の部下四人にむしろ畑の方が動きがいい、と小十郎は観察しつつ鍬をうごかした。
蔦とお鈴はそこここの雑草をとっている。時折大きな石を掘り出して見せ合う二人に目を細めて、ふと視線を動かせば部下たちもそれを眺めてにこにこ――いや、にやにやかもしれない――と笑っている。小十郎がなにとはなしにそちらも眺めてしまうと、視線に気づいた部下たちは慌てて土と向き合い始めた。
「――……」
それを見て少々釈然としないものを感じながら、小十郎も土の方に集中した。
しばらく後――ふと、蔦と鈴の姿が見えなくなったことに気付く。あたりを見回してもどこにもいない。思わず鍬を置いて畦道に戻ると、あ、と近くにいた良直が言った。
「蔦さまならお鈴ちゃんをつれて一度戻られましたよ」
「戻った?」
そこへ、へへ、と笑ったのは孫兵衛である。
「片倉様、そろそろひと休みなんですよ。腹減ったなぁ」
「ああ、成程な」
「みなさまー!」
少し遠くから響いた蔦の声にそちらを見れば、なにやら大事そうに籠を抱えるお鈴と急須を手にする蔦がいた。

「ひと休みですよー」
「ですよー!」
蔦の言葉をお鈴が真似る。それを聞いて、まっ先に歓声を上げたのは部下四人である。
一同が畑の傍らの草むらに腰をおろすと、お鈴がそっと屈んだ膝の上に大事そうに籠を置いた。蔦がその上にかけてある埃よけの布をはずせば、現れたのは漬物と――なんとおはぎである。いつも休みの茶うけは漬物ばかりで、甘味は珍しい。そりゃあお鈴が籠を大事そうにするわけだ、と小十郎は得心する。それから出てくるとき、蔦が女中と何やら話していたのを思い出し、これか、とも思う。
「特別ですよ。小十郎さまがお戻りになられて初めて畑に出られましたから」
言いながら、ひとつおはぎをとりあげるとまずはそれを小十郎に渡した。小十郎が受けとると、次に老爺に渡して、お鈴から籠を受け取り、そのまま彼女へもひとつ渡す。お鈴が顔を輝かせる。それから急く孫兵衛に渡して、あとは並んだ順番に渡していく。
配り終わるとその順でまた湯飲みを渡し、籠と入れ替えるように持った大振りの急須から茶を注いでいく。小十郎はまず茶を口にして、ふと部下たちを眺めれば――蔦が急須と湯飲みに集中しているのをいいことに、おはぎに夢中な孫兵衛を除いた三名が鼻を伸ばしている。左馬助と文七郎はともかく、独特な髪型をした良直など、大変わかりやすくデレデレしている。湯飲みを口にあてたままじっとそれを睨みつけるように見ていれば、三人と目が合い、彼らは慌てて孫兵衛を真似ておはぎをほおばった。
「蔦、お前もここ座って休め」
小十郎がやや不機嫌な口調で言うと、蔦ははい、と言って小十郎の示した彼のすぐ隣へ座った。
「お前、湯飲みはどうした」
「……」
蔦は片手に急須を持ったままあたりを見回した。
「あら、ひとつ足りなかったみたいですね」
小首を傾げて言う蔦に、小十郎は思わず眉をあげた。
「お前にしちゃ珍しいな」
言ったあと、小十郎はぐっと自分の残りの茶を飲み干すとそれを蔦に突き出した。
「喉が渇いて倒れられても困る、ほら」
蔦はしばし戸惑いを見せたが、その手から急須を奪って代わりとばかりに湯飲みを押し付ければ苦笑してそれを受け取る。
自分でやりますから、という彼女を無視して湯飲みへと茶の小さな滝を作る。
注ぎ終われば苦笑しつつ蔦は、いただきます、と言って湯飲みへ口をつけた。
それに満足して小十郎はおはぎを頬張る。
そよ、と心地いい風が吹いた。その風に小十郎が思わず言う。
「――いい天気だ」
「はい」
傍らの蔦は短く受けた。それを見て早々におはぎを食べ終わって漬物を頬張る孫兵衛の横で、誰かが言った。
「いいなぁ、オレも早く嫁さんがほしい」

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