変化
 其の参

翌日は珍しく暇を与えられたので、畑に出ることにした小十郎である。政宗の初陣もあったので、ここしばらくは土に触れていない。その間、はずれに住んでいる老爺に世話は頼んであるから、心配はないだろうがやはり気にかかる。
野良着に着替えて表に出れば、すでに同じく野良着になって髪を一つに束ねて手ぬぐいをほっかむりにした蔦がなにやら女中と話している。女中が小十郎に気付いて頭を下げて、勝手口のほうへと向かっていく。
「じゃ、行くか」
鍬を担いで小十郎が言うと、
「はい!」
と快活な返事が返ってきた。
畦道を行く間も、蔦は遅れてついてくる。並ぼうとは思わない。そういう女だ。蔦はざるをもっている。女中に頼まれたのか、自分でもって来たのかはわからない。そうこうしているうちに畑についた。
「片倉様! 奥さま!」
畑で老爺が呼ばわる。それに「応」と答えれば、蔦が畦道の脇にざるを置いた。
老爺がにこにこと語りかけてくる。
「お元気そうでよかった。奥さまから怪我をなされたと聞いた時はもう心配で心配で」
苦笑して大したことじゃなかった、と言ってふと見れば老爺の傍らに小さな女の童がいる。半身を老爺の後ろに隠すようにして、小十郎を見上げている。目が合えば慌てたように老爺の後ろに隠れる。
――ガキにとっては強面のままらしいな。
小十郎が昨日のことを思い出してさらに苦笑すると、老爺が困ったように言った。
「これ、片倉様に挨拶せんか。孫のお鈴と申します。奥さまに会いたいとせがむので」
するとお鈴と言われた童は隠れたのと反対側から顔を出した。
「……こんにちは」
「応」
それからお鈴は小十郎の後ろへ目をやって顔を輝かせた。
「おくさま!」
「まあ、お鈴ちゃん」
駆け寄ってきたお鈴に蔦は屈んで、頭をなでる。
その光景を不思議そうに眺めている小十郎に老爺が話しかける。
「奥さまにはよくしていただきまして。ときおりわざわざおいでいただいておったのです。
いつもやれ団子やらなにやらくださるのですが、先日大変可愛らしいお手玉をいただきましてな。お鈴が気に入って気に入って」
「ほう」
見ればお鈴はぴょんぴょんと蔦の前で跳ねている。蔦は目を細めてそれを優しく見守っている。
「片倉様は幸せ者ですな。ウチの娘はああも働き者ではございません。まったく、奥さまの爪の垢をいただきたいですな」
はっはっはっ、と笑う老爺に小十郎も相好を崩した。
知らぬ間に蔦は細々としたことに気を利かせる。老爺に畑ことを頼んだのは事実でもちろん蔦も承知のことだが、差し入れまでしているとは思わなかった。しかもどうやら屋敷からはずれの老爺の家まで自ら赴いたとみえる。女中か下男に頼めば事足りるだろうに、と思わないでもないが小十郎は悪い気がしない。
「おーい、じーさーん!」
そこへ、若い男の野太い声が響いた。小十郎が振り返れば見慣れた顔が四つほどこちらに駆けてくる。
「良直に左馬助、孫兵衛に文七郎じゃねえか」
駆けてくるのは小十郎の部下、年のころは年長でも政宗と2、3しか離れていない者たちである。
「お前ら、なにしてやがる」
小十郎が訝しんで聞くと、ぴしりと四人は整列してみせた。
「俺らも片倉様のお役に立つッス」
「頼んだ覚えはねぇぞ。休みならしっかり休んどけ。いざというときにいなくちゃ困る」
小十郎がやや眉根を寄せて言うと、ああ、という明るい声が響いた。
その声の方に四人が一斉に向き直る――明るい声の主は蔦だ。
「皆様お揃いで。いつもありがとうございます、お忙しいのに」
「いえ、蔦様めっそうもない!」
「お役にたてるなら!」
「あん?」
蔦に向かってさらにぴしりと背筋を伸ばした四人に小十郎はますます眉を寄せる。
ふと蔦を振り返れば、彼女はにこにこと言う。
「皆さま近くにご実家の畑があるとかで、いつも手伝っていただいているのです」
「そうか。そりゃ、助かる」
やや拍子抜けしたように小十郎が四人に向き直れば、でへへ、と言う感じで――蔦の方を向いて笑っている。
「……おめぇら、……」
言いかけて小十郎は無粋だとやめておく。
――手伝ってくれるなら、まぁ、いい。

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