変化
 其の弐


まだひきつれる傷を撫でていれば、傍らで針仕事をする蔦が言った。
「――それで、角の娘さんがいらっしゃるでしょう?そろそろ年頃だから縁談の話があって――ふと聞いたら『片倉様のような方がいい』と」
「うん?」
思わずそちらを見やると、蔦もこちらを見ていた。いつもの穏やかなものとは違う色が瞳にあって、小十郎は頬を撫でるのを止める。
「まだ痛みますか?」
「気になるだけだ。――なんだって?」
「角の娘さんが、小十郎さまが素敵だと。それと、久々に茶屋に言ったらいつも若君様の側にいるお武家さまも素敵と若い娘たちが」
綱元といい、蔦といい今日はどうしたのだろう。思わず「はっ」と笑ってしまうと、蔦が珍しく上目づかいにこちらを見てきた。その目を猫のようだ、と思って小十郎は驚く。めおとになってそれなりの年数が経つが、妻のこんな表情は見たことがない。見つめていれば、ふいと蔦は顔をそらす。
「最近なんだかそんな話ばかり。皆さま前は何もおっしゃらなかったのに」
「なんだ、妬いてんのか」
まさかな、と思って言えばとたんに蔦は赤くなった。その表情に小十郎は目を見開いてひょいと体を近づけた。するとプイと蔦は今度は明後日を向いた。小十郎はくつくつ笑って真っ赤な耳朶をつかんだ。
「ひゃっ」
ふにふにと弄べば赤いままの蔦が顔を合わせてくれた。妻がここが弱いのは知っている。
「針が危ないですよ」
赤いままいつもの調子の口調で言う蔦に小十郎は少しむっとした。ふにふにと弄ぶ耳朶とは逆の方へ口を寄せると、なにやら蔦がぼそぼそと抗議をしてきた。
「妬いてくれたのか、ん?」
ことさら低く囁けば、半ば抱くような形になった蔦が小声で言う。
「だって、皆様、少し前まで小十郎さまは強面としかおっしゃらなかったのに。
それが今は渋いだとか何とか。若い子なんて、政宗様と合わせて絵のようと。夫が褒められるのはうれしいですが、褒められすぎるのはなんだか胸によくありません」
赤いまま、いじけたように言う蔦を見るのは初めてだった。ほんわかと笑む蔦しか知らない。じわじわと、小十郎の胸に広がるものがある。はじめて感じる、喜びと何か――よくわからないが、雄の誇りを心地よく刺激するものだ――それが広がっていく。
蔦はと言うと、まだ真っ赤で、あまつさえ胸を上下させる勢いで息をしている。
「いやだ、なんだか子供みたい」
唇を尖らせた蔦が愛らしいと思う。
「そうか? 俺はうれしいぞ」
「うれしい、なんて。蔦はくやしゅうございます」
「それは俺にか、それともその俺にはよくわからねえ女どもにか」
「それがわかればもっとすっきりいたします!」
またぷいと顔をそらした蔦に小十郎は笑った。
「それを、やきもち、というんだ。なあ、妬いてくれたのか」
また耳元で甘えるように低く囁けば、蔦は赤いまま身をよじる。それからぽつりと言った。
「小十郎さまが素敵なのは、私だけが知ってました」
この時ほど五つ下の妻が可愛いと思ったことはない。働き者でしっかりと留守の間家を守る妻は頼もしかったが、こんなに可愛いものだったとは。蔦が律儀に針を少し遠くへやって、そっと身を寄せてくる。
「皆さまも御存じなんて、なんだか口惜しい」
小十郎は笑い声を立てた。腕の中で蔦がむっとしたように怒って、見上げてくる。だがすがるように胸に手をあてられてでは迫力はない。そしてそんな蔦に、胸の奥がざわざわとする。不安などの胸騒ぎではなく、何らかの衝動がざわざわとのぼってきているのだ。腹に力を込めてそれを抑え込むと、宥めるように、蔦以外には聞かせない甘い声を小十郎は出した。
「妬いてくれた女もお前が初めてだ。俺はうれしい。だから機嫌直せ、な?」
言えば、蔦はなにやら得心しかねる顔で、しかし小十郎には十分に可愛らしい様子ですねたようだった。

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