姫と妻
 其の八

「おい愛、何やってんだ。あ、蔦じゃねえか。久しぶりだな」
「まあ、政宗様私たちの祝言以来かと」
見れば、政宗がぶらぶらとこちらにやってくるところだった。背が伸びていらっしゃる、と思って蔦は驚く。その後ろには小十郎がつき従っている。小十郎がここにあるはずのない妻の姿に驚いている。
「なにやってるんだ」
「可愛らしい簪を見つけたので、姫様にと」
蔦が言えば、政宗が愛の髪型が常と違うことに気づいた。
「Hmm, ……可愛いじゃねえか、そういうの」
政宗に――ややぶっきらぼうに――言われて、愛は真っ赤になる。髪型のせいでいつもは見えないうなじまで淡く染まっているのを見て、蔦は微笑む。微笑んだまま無意識に目を小十郎に移せば、夫も似たような表情をしている。夫は珍しく微笑んだまま妻の傍らにくると左手を差し出した。
「あまり長居をしてもご無礼かと。姉上に見つからないうちに連れて帰ります」
「Oh,小十郎、お前にしちゃ珍しく気の利く、いや、連れて帰るなんて珍しいな」
「何をおっしゃいます。蔦はこの小十郎の嫁にございます。連れて帰るのは当たり前かと」
「No,そうじゃなくてな」
政宗が言いかけたところで、ザザッと砂利を蹴る音がした。見れば、田村の侍女頭だというとよがこちらに駆けてくる。
「とよ」
愛姫が言えば、政宗は黙って背中に彼女をかばうように動いた。
「姫様、何をなさっておいでですか」
「なんだよ、愛と俺が散歩しちゃ悪いのかよ」
政宗が憮然として言えば、とよはギっとそれを睨みつけただけで――主の夫に対するその態度に小十郎と蔦はさすがに驚いた――それ以上何も言わなかった。が、愛の髪型が先刻までと変わっていることに気づくとまた口を開く。
「なんということ、そのように町娘のような――!」
「Shut up! わかんねぇヤツだな。無粋だぞ」
政宗が嫡男らしくそう言うと、とよは口をぱくぱくさせた。そして、ようやっと気づいたように小十郎と蔦に目を向ける。そして蔦を見据えて何か言おうとぱくぱくを収めようとした。
その途端ギロ、と音がしそうな勢いで小十郎がとよを睨みつける。するととよはひっと声を上げてもと来た道を戻っていった。
「どうしましょう、怒らせてしまいました」
「気にすんな。おまえのせいじゃねぇ。つーか小十郎のおかげで怒りも忘れただろ。
……、万が一なんかあったら喜多に言え、俺が何とかしてやる」
少し怯えを見せた愛に政宗が男気を見せ、蔦と小十郎が微笑んだ。
「お二人なら、大丈夫ですね」
蔦がそっと耳打ちすれば、小十郎は
「ああ」
と短く答えた。そして小十郎は改まる。
「では、政宗様、今日は妻もおりますので、これにて」
「おう」
政宗が答えると、小十郎は蔦の手を取ったまま歩きだした。慌てて蔦が、手を、というと、砂利がアブねぇ、と小十郎が言う。
それを見ながら、政宗はあきれて見せた。
「Ah, 怪我してんのは手だろうが。足じゃねえから砂利は関係ねぇ」
一人ごちる政宗の袖を引く者があった。愛だ。
「?」
「あの」
愛はもじもじとしてみせる。
「What?」
南蛮語の疑問詞を愛は解さないだろうが、ちゃんと答えて見せた。
「愛も、政宗さまと手を繋ぎたく思います」
真っ赤になりながら言った幼な妻に一瞬遅れて、ませた夫がぼんっと赤くなる。
「しゃ、しゃーねーなー。そこまでだぞ」
言って差し出された育ちきらない少年の手を、嬉しげに少女は握った。

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