姫と妻
 其の七

さらにそれから数日をあけて。蔦は呼ばれてもいないのに登城し、政宗様の奥方様にご用があります、と言った。出てきた侍女は田村の者ではなかったが、喜多でもなく、最近愛姫のために新しく雇われた者だった。まだ色のついていない、慣れない様子のある若い女に蔦はほっとする。
部屋に通されれば、めずらしく迎えに出てきた侍女ような愛姫と年の近い侍女たちばかりが集まっていた。心なしか、愛姫も気負うことなくあるように見える。
「蔦、もう二度と来ていただけないかと思っていました!」
お目付け役がいないからか、愛姫はすぐに駆け寄ってくる。伏して挨拶をする前に駆け寄られてしまい、蔦は会釈するしかない。
「二度と来ないなどと。蔦めと姫様は仲良くなるのではありませんでしたか?」
言えば、そうでしたねと愛姫は笑う。
「町の店で桃と梅と桜をあしらった簪を見つけましたので、姫様にと。とても若君が贈られるような上品なものではございませんが」
淡い桃色を基調にした細かい細工の簪は、むしろ姫君が見たことのない部類のものだったらしい。可愛いです、とつぶやいて、愛姫は蔦にすぐにつけてくださいと甘えてみせる。
「失礼いたしまする」
と包帯の巻かれた右手で簪を握れば少し愛の顔が曇った。蔦は気にせず、長く垂れたままの愛姫の髪を手早く、しかしきれいに結い上げて簪一本で止めてみせる。その手際の良さにわっと若い侍女たちが歓声を上げた。
「似合う?」
愛姫が聞けば、侍女たちは楽しげに頷く。蔦も頷いてみせると、愛姫は照れたように笑った。
「姫様、少しお散歩をいたしませんか」
蔦が言えば、こくりと愛姫が頷いた。


少し歩いた後、小さな池のほとりに来て、蔦は手近な岩に手ぬぐいをしいて愛姫を座らせた。自分もその隣に腰掛ける。
「なんだか今日はのんびりしています」
「左様ですか」
愛姫が池を眺めて言えば、蔦は空を見上げていった。
「蔦、ありがとう。……、それから、ごめんなさい。手はもう大丈夫? わたくしが受け取っていれば」
気遣わしげに顔を向けて言う姫に、蔦は首を振る。
「姫様のせいではございません。それに、ひとつ良いことがございます。毎晩、小十郎さまが私めの手を洗って、油を塗って、包帯を取り替えてくださるのです」
「まあ、小十郎どのが?」
愛姫は目を見開く。甲斐甲斐しい小十郎を想像できなかったのだろうか、と蔦は思って笑う。
「はい。それはそれは優しくしていただいておりますよ。おかげで、すぐに良くなりそうです。でも治ったら、小十郎さまにお世話をしていただけなくなるので、ちょっぴり寂しい気もいたします」
家事ができない苦痛については述べずに、だが本心を言えば愛姫はほっとしたような顔をした。
「怪我をさせてしまったのに、簪までいただいてしまいました。愛はいったいどうすればいいのでしょう」
「では、なんでもご相談くださいませ」
愛姫の言葉に蔦が言えば、姫たる少女は穴が空くほど夫の家臣の妻を見つめた。
「小十郎さまは、政宗様の右目と呼ばれている、とか。蔦も政宗様と小十郎さまのように愛姫さまと仲良くなれればうれしゅうございます。至らないではありますが、従姉とでもお思いいただければ本当に」
いえばふるふると愛姫は首を振った。否、ということかと感じて蔦が落胆すると、愛姫は慌てた。
「あの、従姉ではなく、お姉さまと思ってはいけませんか?」
「まあ……」
蔦が思っていたこと以上の申し出に驚いていると、愛姫はつづけた。
「喜多は、どちらかというとお母さまみたいですし、蔦のような姉上がいらっしゃれば愛はうれしく思います。蔦も喜多が蔦にするように、愛を可愛がってくれれば嬉しいです」
喜多が蔦にするように、と言われてちょっと考えてしまった蔦ではあるが、すぐに真意を察して微笑む。
「はい――でも、他の方に知れてしまっては叱られますから、姉妹のお話は二人だけの秘密ですよ」
「はい!」
愛姫はめずらしく年相応に元気よく答えた。蔦が笑うと、そこへさくさくと砂利を踏む音が二つ。

 目次 Home 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -