姫と妻
 其の四

帰りついた屋敷にて小十郎の帰りを待つ。その夫の明日の着物に火熨斗を当て、きちんと整える。厨の様子を見、針仕事をする。手を動かしながら、愛姫を思い出す。
――可愛らしいお方、でも。
なにか、幼さに似合わない気疲れをしているようだったと思う。話に夢中になっているときの愛姫は歳相応のかわいらしい顔をしていたが、帰り間際のあの顔――不安がみえた。きっとそれはイジワルな政宗様のせいではなく、もっと身近なところに何かあるのだ。
――やはり義姉上と、侍女殿だろうか。
考え込めば手が止まる。そのとき、旦那様がお戻りになられましたと女中が呼びに来た。仕事道具を簡単にまとめて、玄関に向かえば小十郎が敷居を跨いだところだった。
「おかえりなさいませ」
「ああ」
小十郎の顔を見て蔦は物思いを中断した。そして妻の務めに戻る。
小十郎の着替えを手伝えば、夫が不意に口を利いた。
「政宗様から聞いたのだが、姫様はお前を大変気に入ったらしい」
「まあ……光栄にございます」
膝をついている蔦に手を差し出して立たせて、小十郎は満足そうな笑みを見せた。畑以外と二人きりの時以外滅多に見せない穏やかな笑みだ。
「結婚前、政宗様が言っていた。俺の妻が姫様と歳が近ければ何かと便利だろう、と。当たったな」
「ええ」
嬉しげに笑う妻の頬を一撫でして、小十郎は居間に向かった。蔦も三歩遅れて従った。


その翌日、三日後に遊びに来ないかと愛姫から蔦へ誘いがあって、蔦は日が来ると出掛けていった。
城の入り口にて身分と用向きを伝えれば、出てきたのは喜多とこの間の“侍女頭”である。また息苦しい空気の中、蔦は歩いた。愛姫の部屋にたどり着いて姫がぱっと花咲くように笑ったのを見てほっとする。
「来てくださったのね!ありがとう、とってもとっても嬉しいわ!」
伏した蔦に愛姫が膝でにじり進もうとすると、“田村の侍女頭”がそれを制した。愛姫がはっとそちらを見て、意気消沈したようになった。蔦があわてて膝で進む。
「こちらこそお招きいただきありがとうございます」
言うと、愛姫の顔に明るさが戻った。
「今日蔦を呼んだのはね、火熨斗を教えてもらおうと思って……」
秘密を打ち明けるかのように言う愛姫に田村の侍女が眉根を寄せるのが見えた。それに無邪気を装って気づかない振りをして、蔦は姫に問う。
「火熨斗を?」
「ええ。政宗さまといらっしゃる小十郎殿のお召し物はいつもピンとしています。お聞きしたら蔦が手ずから火熨斗をかけてくれています、と。
わたくしも針仕事はいくらかできますが、火熨斗はだめと」
そこで愛姫はちらりと傍らをみた。すると田村の侍女はにべもなく言う。
「火熨斗は針に比べてずっと危のうございます。姫様の御手に火ぶくれでもできたら」
おそろしゅうございます、と言う田村の侍女の言うこともわからないではない、と蔦は思った。
「……でも愛も、政宗様のお召し物をピンとさせて喜んでいただきたいと思いました」
シュンとして言う愛姫がいじらしいと思う。蔦はふんわりと優しいものに包まれた。
「でも確かに、火熨斗を使えばはじめは二度か三度は火傷をいたしますよ?」
蔦がそういえば、愛姫は覚悟を決めたような顔をした。
「でもそれが妻としてのつとめなら、愛も果たしたく思います。……だから喜多にわがままを言って、蔦を呼んでもらいました」
言われてはっと蔦は気づいた。思えば火熨斗に反対する田村の侍女が蔦を呼ぶとは思えない。あれは喜多が寄越した使いだったのか。見れば先ほどから田村の侍女頭とやらがおもしろくなさそうな顔をしており、喜多は胸を張っている。
「教えていただけますか?」
健気に聞いてくる愛姫に蔦は折れた。
「ええ。では手ぬぐいにでもまず火熨斗をかけてみましょう」
そう言うと、またぱっと愛姫の顔が輝いた。すると田村の侍女が傲然と立ち上がった。
「火熨斗と手ぬぐいのご準備をいたしする」
つかつかと進んでいく田村の侍女に愛姫が不安そうな顔をしたのを蔦は目の端でとらえていた。

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