姫と妻
 其の二

城内に入ると、喜多と――見知らぬ侍女が蔦を待ち構えていた。
「お初にお目にかかりまする、片倉小十郎景綱が妻、蔦にございます」
見知らぬ侍女を愛姫付きの侍女と判断して、慇懃に頭を下げつつ身分を告げれば、ややケンのある口調で「お待ちしておりました」とかえってきた。頭を下げたまま蔦はわずかに目を見開いたが、姿勢を正す頃にはその表情も消えている。それから、義姉である喜多にも挨拶をする。
「お久しぶりでございます、義姉上」
「ええ。元気そうでよかったわ」
にっこりと笑って言う喜多に蔦も笑顔になる。それからついと喜多は視線を動かした。
「小十郎、何を突っ立っているのですか。お前のお勤め先はあちらですよ」
毎日務める方向を示されて、小十郎は呻いた。
「わかっております。……、姉上、蔦をよろしくお願いいたします」
「言われなくとも。けれど蔦はお前よりしっかりしています。さ、早く行きなさい」
そう言う喜多にすっと礼をして、小十郎は踵を返した。それを見送っていると
「姫様がお待ちです。お早く」
と、見知らぬ侍女の声が蔦を急かした。


長い廊下を幾度か曲がる。聞こえるのは衣擦れの音だけで、蔦はもちろんのこと喜多も、そういえば名乗っていない侍女も口を利かない。義姉と侍女の間にわずかに緊張があるように感じられて、蔦は口の中が乾くように感じた。この侍女は、伊達家の侍女ではないのだろうか。義姉は伊達家に仕える女たちの中でも古い部類に入るはずである。その喜多と対立するとは。
――姫様と一緒にいらっしゃった、田村家の侍女かしら。
蔦が義姉と侍女をちらりちらりとうかがっているうちに、侍女が「こちらです」と言って立ちどまった。促されれば、その部屋にはちょこんと、まるで本当の人形に愛らしい少女が座していた。
まあ、と声を上げかけ蔦は思いとどまる。可愛らしい姫のすぐとなりにいる、喜多よりいくつか年かさの女がきつい視線を投げてきたからだ。
蔦はやや遅れて、膝をつき叩頭した。
「この度は愛姫様にお目通りかないまして、ありがたく存じます。私めは、片倉小十郎景綱が妻、蔦にございます」
伏したまま言えば、姫が顔を上げてくださいませ、と言う。言われたとおりにすれば、黒目がちな円らな瞳と視線が重なった。白磁の肌に、烏濡れ羽の黒髪。赤く可愛らしい唇。――その姿をしっかりと見とめて蔦はほう、と息をついた。先ほどの一瞬だけでも可愛らしいと思ったが、それだけではない。いずれ美となるものを少女は身の内に秘めているようだった。
見とれていると、不意に少女がにっこりした。
「小十郎殿の奥様ですね。わたくしは愛、と申します」

 目次 Home 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -