蛟眠る 後記

「……次郎右衛門猶更仕寄前へ先掛し悉く働しか終に討死す、
景綱哀傷不浅、乃ち弟金蔵を苗跡とし次郎右衛門と名改申付けるなり」
(「片倉代々記」景綱譜 天正十八年七月十九日)


ここまで「蛟眠る」を読んでくださりありがとうございました。
場面的にはこのあとゲーム「3」の政宗赤ルート(第一ルート)へ続く感じです。
そんなこんなでなんとなく珍しく、あとがきです。

「3宴」の小十郎ストーリーと「3」政宗赤ルートの間の話を書こう、10話ぐらいで。と思っていたのですが、ご存じのように倍になりまして……むしろこの量を半分程度と想定していた自分の計算能力がなんというか。書き終われてよかったです。

その他の当初のコンセプト(コンセプト!カタカナ語!!久しぶり!)としては、

・蔦をバトルに参加させる
・小十郎と蔦が結婚しなかった場合の話(連作「雲起竜驤」のIFも兼ねる)

という二点だけが大きくありました。
で、問題点として浮上するのが、

「小十郎を宥めたり賺したりする役割の人がいなくなる」

ということなんですね。端的に言うと話の進みが悪くなる、という。
蔦(矢内氏)が片倉に嫁がないと矢内家との縁故もできませんから、家臣としてすでに(短編に複数回)登場済みの矢内信定をひょっこり登場させるわけにもいきません。
それで他の家臣に登場してもらう必要があったのです。

「片倉家の佐藤」というと幕末・明治あたりにも詳しい方は「片倉開拓団を率いた佐藤孝郷」がパッと思い浮かぶかもしれません。片倉家最後の家老ですね。19歳で家老就任、23歳くらいで開拓団を率いてその後札幌でも活躍された方なのでご存じの方も多いでしょう。孝郷氏は標郷の子孫にあたります。
最初は孝郷氏からの逆算で、調べていくうちに

・佐藤家は片倉家の家臣であると同時に伊達家の直参でもあり、両家から禄を受け取っていた「二重禄」の特殊な家(要するに給料が二か所から払われていた、というレアケース)
・佐藤家は二家あり、もともとは兄弟

等々興味深いこともわかりました。
で、私当初は「家老の佐藤は二家」だったので二人兄弟だと思っていたのですよ。
そして「片倉代々記」を家臣団中心に読んでみたら、なんと。

三兄弟

ということが判明しました。
(後ほどわかったのですが、実は定郷の上にもう一人お兄さんがいます。婿養子に出て名字変わったので代々記中では兄として登場しているところはないようです……思えば定郷は「次郎」右衛門ですもんね)

佐藤三兄弟(高橋の兄さんごめんよ)は「片倉代々記」中でも登場頻度がかなり高め、かつわりと活躍が縦横無尽(本当にそうだったかは若干の史料批判の必要を感じたりするのですが)なので、メインで活躍いただくことにしました。
意外と景綱に近い親戚筋(家格だと一家)は史料にあたれなかった、という面もありますが。

その中でさらに定郷が突出してきたのは、やはり冒頭で引用した「片倉代々記」中の討死の場面が印象に残ったからになります。
というのは実は、部下の死に際して景綱が何か感情を露わにしたりとか行動をおこしたことが記述されているのは、実はこの定郷の部分だけだったりするのです。
もちろん「蛟眠る」中でも描写したように、討ち死にした家臣の家族とはなんらかのやりとりがあったことが想定できるわけですが、家の歴史を記したものに立ち現われてくるのが定郷のみ、というのが印象に残ったのです。(これは後に佐藤家が家老になったことも影響しているのかな、と思う部分もあるのですが。「片倉代々記」のさらなる研究を待ちたいところです。)

定郷ばかり出ずっぱりなので「小十郎と蔦のサイトじゃないの〜〜!」と思われた方もいると思いますが……コンセプトが「蔦(矢内氏)のいない片倉小十郎の人生(仮)」だったものでどうしてもこうならざるを得ない、という感じでした。なんか申し訳ない。
ただ、同時に小十郎の「政宗以外」の繋がりも書きたかったのかもしれません。
とあるシンポジウムで
「No.2の条件は、No.1から信頼されることはもちろんだが、自分の部下たちからも慕われることが条件だと思う」
ということを話された研究者の方がいました。
社長と専務だけでは会社って動けませんもんね。
「蛟眠る」では小十郎と佐藤三兄弟を描写することによってその辺のことも表現したかった部分もあります。
なので今回は大目に見ていただければ〜と思います。

さてここで史実改変ネタとかざっと書いてしまいたい衝動にも駆られますが、その辺りは皆さんで調べて楽しんでいただいてもいいかな、と思いますので別ページにて主要参考文献の案内だけにとどめておきたいと思います。……まあ語るに落ちている気がしますが。
歴史の扉を開けるきっかけになれば幸いです。

最後になりますが、特に第一話で文章にアドバイスいただいた値様、『梵天成天翔独眼竜』の漢文の読み方に助言いただいた尚様に御礼申し上げます。

2014年9月15日 虫の鳴く公の御猟場にて

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