姫と妻
 其の一

明日、愛姫様にお目通りをしてもらうことになった、と小十郎が蔦に告げたのは、彼が城から戻り着替えているときであった。
政宗の婚礼からひと月ほど。蔦は家臣の妻であるから、式に列席しなかったが、噂は色々と聞こえてきた。一番ひとが口さがなく言ったのは、政宗の母義姫のことであった。
――何と幼い。この子に子を宿せと申すか。三年待つのがよろしいかと。
その言葉が、十を過ぎたとはいえ小柄で月のものもいまだ来ずと察せられる三春から来た田村清顕の娘・愛姫の身を案じたものであったのか、それともその間に愛姫を自分の陣営へと引き込んでしまおうという思惑があるのか、と口さがない人びとは言い合った。
蔦は義姫のことはよく知らないから、その話題を振られても曖昧に笑って
「お姑さまのお心遣いにございましょう」
と答えるだけにしていた。また、同様に愛姫のこともよく知らない。名前の通り大変愛らしいと聞いている。このひと月、政宗の世話役から愛姫の侍女となった義姉の喜多にも会っていないから、ぼんやりとした想像上の姫君が蔦の中にあるだけだ。
「愛姫さまにお会いできるのですか」
だから梅、桃、桜が一緒に咲いて春を迎え入れるという想像するだけでも美しい里から来た可愛らしい姫君に会えると聞いて、蔦の声が弾んだ。
「政宗様の家臣の嫁として挨拶を、ということになる。姫様はまだ慣れないらしいから、一時に一人ずつ、ということらしい」
無邪気に目を輝かせた妻の顔に小十郎が笑う。
「大変可愛らしい方だな。少し緊張なされているようだが。政宗様が、家臣の妻の中では蔦が一番歳が近いからよろしく頼む、とおっしゃっていた」
「まあ」
蔦には、いずれは小十郎に仕えることになっている弟がいるが妹はいない。その年頃の妹がほしいと思ったことが幾度かある。
「姫君様とはいえ、楽しみでございます」
「そうか」
楽しげな妻に頼もしいものを覚えて、小十郎は微笑んだ。


翌日、小十郎と共に登城することになった。いつもは見送るばかりであったので、やや緊張していると小十郎がくっと笑った。
「そう固くなるな。姫様が驚かれるぞ」
「いえ、思えばお城に伺うのは初めてです。何か粗相をしなければよいのですが」
「ま、俺の嫁が粗相なんざありえねぇな。お前は立派な嫁だよ。姉上が俺にはもったいないといつもおっしゃってるじゃないか」
「……ありがたき幸せにございます」
小十郎と夫婦の契りを結んで一年ほど。特にがむしゃらに頑張ったという記憶はなく、ただ片倉小十郎という人物にふさわしくあろうとしただけだ。夫に不意にそれを褒められたようで、蔦の胸がほっこりと暖かくなる。
小十郎は蔦の歩調に合わせ、蔦は少し遅れて小十郎についていく。城の門をくぐれば、彼の同僚たちが婚儀以来はじめて蔦を見かけることになった。「お」と声を上げるものや小十郎にからかいの言葉を投げてくる者もいる。そのからかいに憮然としたり苦笑したりする夫が蔦には珍しく、そっと口元を袖で隠して微笑んだ。

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