蛟眠る 第二十話
 其の弐

「須賀川で、成実が二進も三進も行かなくなった時――二階堂の菩提寺から火が上がった」
小十郎はそこで政宗の話の先に気付いた――だが、政宗の口からその話が出てくるのを待った。
「火が煽られて、城にまで拡がった。二階堂のやつらが慌てたもんで、成実が盛り返した。……忘れてないぜ」
小十郎の脳裏に、鮮やかに情景がよみがえった。
落城した城、勝鬨をあげる兵たち、誇らしげな将、燃える城を見つめる政宗の横顔――
そして、自らの傍らには手にやけどを負った定郷。
「……そしてオレは褒美をやった、刀だ」
定郷が今際の際、村娘に託した刀――それが政宗のいう刀だった。
屋敷を訪ねてきた男が定郷を知っていたのは、定郷が政宗の手ずから褒美を下賜されたからだ。男が定郷が村娘に刀を渡すのを思わず止めそうになったのは、その刀が政宗から定郷への褒美だったからだ。
一陪臣が国主から刀を下げ渡される。それがどんなに大きなことなのか、兵であれば皆知っているのだ。
「覚えてるか、小十郎」
政宗がわずか、振り返った。だがそれは右の顔を向けたもので、眼帯と前髪が小十郎がその表情を読むのを拒んだ。
「お前、定郷に『寺に火を放つとは空恐ろしいことをする』って言ったんだ」
「……たしかに、そのようなことを申した気がします」
須賀川の戦のとき、先行する成実の部隊が二階堂軍とぶつかり、拮抗した。そして膠着状態になりかけた時――須賀川城のごく近くで火の手が上がった。
長禄寺だ、と二階堂の兵たちが声をあげ、慌て始めた。
――寺だ! 寺から火が上がったぞ!!
――まずい、あっちは風上だ!
――風下には城が……! 誰か! 寺へ回れ! 回れ、回れ!!
突然の事態に二階堂軍は総崩れとなった。そして成実は均衡を伊達へ傾け――燃え盛る城は落城し、勝利は伊達のものとなった。
その戦勝の祝いの席で、「あの火は偶然か?」という話になった。偶然にしては時を考えるとできすぎたこと、そも寺というのは火に気をつけているものだということ、そして――風上で出火したという事実から、出火当時の部隊の展開状態が洗い出された。
そして、二階堂の菩提寺付近に展開していたのは片倉の別働隊だということが判明した。
小十郎が定郷に任せた一軍であった。
小十郎が定郷を呼びだせば、手にやけどを負った定郷が現れて、お歴々が並ぶ前に膝をついた。何よりの証拠をその身に負っていた定郷にお歴々は天晴れと褒めそやした。
そしてその定郷と政宗は一言二言言葉を交わし、刀を一振下賜したのだ。
小十郎が件の発言をしたのは、その時だったと思う。政宗の右に控え、恐縮する部下に言ったのだ。
――寺に火を放つたぁ、空恐ろしいことをしやがる。
と。
「野郎、それになんて答えたか覚えてるか?」
思い出から引き戻す政宗の声が少し明るかった気がして、小十郎は目をあげた。だが相変わらず政宗の表情は読めない。
「……『所詮、木の像にすぎません』、だ」
「『寺に収まっているのは仏の似姿にすぎません。あるいは仏への祈りの方向性を定める目印のようなもの。本当の祈りであれば、寺院や仏像を介さずとも届くものである』、と」
小十郎は定郷の言葉を思い出の中から引き出して、ため息をついた。
「不遜な詭弁だ、と思いましたから、記憶しております」
「オレは面白いと思ったな。それにお前、ずいぶん誇らしそうだったじゃないか」
やはり、政宗の声は少し明るかった。小十郎がそれを確かめようとわずか身を乗り出すと、ふいと顔が再び向こうを向いてしまった。
「そう――そうだ、オレは、刀をやった」
声は低く再び沈み、顔はまた向こうを向いた。小十郎は目を瞑る。
――「きっとあの方も赦してくださる」か……。
告げるべきだろうか、定郷がこの世の去り際、傷ついた兵たちの世話代として、おそらくはその価値もわからないだろう娘に刀を渡してしまったことを。

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