蛟眠る 第十八話
 其の壱

男に人を付き添わせて家に帰し、城へ生存者の報告をあげる使いをやって再び小十郎は主の座に戻った。その間、佐藤の兄弟は控えたまま主を待っていた。標郷は無表情に見え、秀直は眉を寄せたり口を引き結んだりしていた。
男が去った場には、二つの包みだけが残る。袱紗に包まれたものと、麻の布の包み。
男はそれを定郷の遺品と言った。
三人とも手を伸ばすこともせず、じっとそれらを見つめている。
小十郎はそれを開ける資格は弟たちにあると思い、標郷と秀直は主からの許しを待っていた。
あるいは、三人とも定郷の死が目の前に物質として現れるのを忌諱していたのか。
その沈黙と無言の攻防に似た均衡をやぶったのは、廊下から聞こえてきた二つの足音だった。
ひとつはとても軽く、歩幅がせまい。もう一つはそれよりずっと重いが、小十郎たちよりはずっと軽く、歩幅のひろいもの。
そして、軽い方が先んじて部屋の前につき
「これ!」
という声を無視して戸を勢いよくあけた。
「さださと、おかえんなさい!!」
言って戸を開けたのは――小十郎の嫡男、左衛門だった。
その後ろには、母たる蔦。
「もうしわけありません」
蔦はそう言うと屈みこみ、左衛門を抱え上げようとした。
「家のものたちが定郷の名を出していたのを聞いたらしくて」
「待て」
小十郎は左衛門を連れて行こうとする妻を制した。
「左衛門――それは?」
父は息子に問うた。息子は、胸に一抱えもある――といっても子どもで抱えられる程度だが――風呂敷包みを持っていたのだ。
左衛門はひょいと母の戒めから離れて、父の元へ進んだ。
「まるくて、たいらなの!」
包みごと父の目の前に差しだして左衛門は大きく笑う。それからくるりと体ごと振り返る。
そして標郷、秀直と見て――不思議そうに言う。
「……さださと、おべんじょ?」
左衛門は先ほど舌足らずではあるが「定郷、お帰りなさい」と言った。彼は父でもなく、いつも遊んでくれる二人でもなく長く留守にした定郷に会いに来たのだ。そして部屋に不在の定郷は「手洗いに行ったのか?」と幼いながらに推理してみせたのだ。
そして大人たちから答えがないので自分で答えを――定郷を――探そうと思ったのか、あたりをキョロキョロと見渡す。
「……なぁに?」
そして左衛門は部屋のほぼ中央、父と部下たちの間に所在なげにしてある二つの包みを見つけて不思議そうに言った。
息子の声につられた蔦もそれを見て首をかしげる。
「……何ですか、それ?」
小十郎は思わずその二つを顎で示して視線をそらした。蔦は夫の意思を上手に読みとって、二つの包みのすぐそばに歩み寄り膝をついた。左衛門は自分の包みを抱えたまま母に寄りそう。
「……開いても?」
問われて小十郎は妻を見、部下二人へ目を移した。兄弟は見るともなしに互いの顔を見、最終的におずおずと、主の妻に頷いてみせた。
蔦は手を伸ばし――迷う。二つの包みの間で白い手が迷い、選んだのは紫の袱紗だった。麻の包みは、いささか蔦には大きすぎた。
蔦はそれを掌の上に優しく置いて、四隅を畳んだそれをつまむ。左衛門は母の肘に片手ですがって――もう片方は自分の包みは相変わらず抱えたままだ――それを覗き込む。
「……」
四隅を開いて、蔦が反射的に何かを言おうと口を開いて――結局、絶句した。
左衛門は懸命に爪先立つ。
「ははうえ、これ、なあに?」
左衛門が問うと、蔦はどうしたものかという顔をして、小十郎を見やった。小十郎は立ち上がり、妻と息子の傍らに移動した。屈みこんで、妻の掌にあるそれを見とめる。
――やはり、と思った。
「……左衛門、これは髪の毛よ」
蔦は夫がぐっと眉間にしわを作ったのを見ると、意を決したように息子に言った。左衛門は父と母の間で首をかしげる。
「かみのけ?」

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