蛟眠る 第十七話
 其の四

男の語りはそこまでだった。
男は定郷の最期の言葉の意味を理解できぬままに、それでも大切にしっかりとその言葉をこの片倉の屋敷へと――定郷の主と二人の弟の元に運んだ。
「……ご苦労だった」
小十郎は上座から男を眺めて、そう言った。
「そして、よく戻ってくれた」
――勿体ないお言葉です、と男は深く頭を下げた。
「家には戻ったのか」
「いいえ、まだ――村には仲間もまだ厄介になっていますので、この後、お城へ」
「城へは俺が誰か遣わそう。……女房と子どもが待ってるだろう。早く戻るといい」
「はい」
本当にご苦労だった――小十郎がそう言うより早く、控えていた秀直が身を乗り出した。
「兄貴はっ」
男と小十郎がそちらへ目を移す。秀直は必死だった。その隣の標郷はじっと小十郎と男の間にある二つの包みを見つめている。
「兄貴は……いま、どこに」
「…………我々ではお運びすることはかなわず」
男は戸惑いつつ、言葉を探しながら言う。
秀直の「いまどこに」は、定郷が生きてどこにいるのかを問うているのではない。
息を引き取った定郷の体が今どこにあるのか――そう訊いているのだ。
「村のものたちが……丁寧に。殿軍部隊の他のものたちも丁重に……葬ってくれました」
――正しい判断だ、と小十郎の冷静な部分が言う。
――遺骸をそのままにしていては疫病の元。そして城下へ運ぶのは辺境に近い村の人間にとってはただの負担にしかならない。
秀直は兄のその後を聞いて、姿勢を戻した。いくらかの安堵と――無念が見える。
「……兄の最期を、ありがとうございました」
弟の行動を引き取ったのは標郷だった。いつの間にか顔も目も男へとまっすぐ向けていた。そして、深く頭を下げる。その深い深い最敬礼に男は戸惑いをみせたが、こちらもまた深く腰を折ったのだった。

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2014年8月16日初出
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