蛟眠る 第十七話
 其の壱

頭痛は一過性のものだったらしい。小十郎も徐々に回復し、登城が可能になった。
雲上の城、あるいは天の水底では竜はまだとぐろを巻いている。少なくとも、小十郎にはそう見えた。
そして、事態は変わらずに――政宗は怒り、成実は当惑し、綱元は淡々と職務をこなす日々である――帰還から半月ほどたったころのことである。
「片倉様の御屋敷はこちらですか」
すこし足を引きずり引きずり、屋敷の門の中へと声を投げた者がいる。薄汚れた旅姿の男に、彼を見つけた下男たちは警戒した。だが男は平に平に、という。
「片倉様と――佐藤のご兄弟に面会させていただきたいのです」
下男たちは顔を見合わせ――結局、偶々屋敷にいた小十郎と表に詰めていた佐藤兄弟に取り次いだ。


客間へと男を通し、上座に小十郎が座り、脇へ標郷と秀直が並んで控える。男は小十郎の真正面で平身低頭し、滑らかな床に額をつけるようにして顔をあげない。
「お届けしたいものがございます」
と男は伏したまま言う。その言葉に標郷と秀直が顔を見合わせた。
男は一度顔をあげて三人をそれぞれ見やった後、大事そうに包みを二つ取り出した。
ひとつは男がどこで手に入れたのかと思うような紫の縮緬の袱紗で、片手に乗るほど小さな包みだった。
もうひとつは麻の粗い布のもので細長かった。袱紗の包みより大きく嵩もある。少し丸みを帯びていて棒状の何かを包んでいるようだった。
それらを丁寧に並べた後、男は少し後ずさりをして下がり再び深く深く頭を下げた。
そして、男は言った。
「ご遺品にございます」
しっかりと、よく響く声で。
小十郎は目を見開き、床に置かれた二つの包みを見やった。標郷と秀直も同じだ。
板張りの床の上、縮緬の紫とざっくりと織られた麻が異物のように浮かび上がるようだ。
「おれ――いや、私は、佐藤定郷様に助けていただきました。殿軍に残ったもののうち、いくらかそういうものがいます。傷が癒えぬ者は、今も戦場近くの村に皆やっかいになっております――」
「生き残った者がいる、と?」
小十郎はその言葉に思わず男を見、言った。男ははい、と答えた。

そして、男は語った。
殿軍への攻撃が引いていき、しばらく経った頃、
「立てるものはあるか」
という声がしたことを。

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