蛟眠る 第十三話
 其の壱

馬は土煙をあげながら元来た道を戻る。
戻るにつれ、てんてんと味方の兵が道端へ伏すのが増えた。
成実の援軍と合流する前に力尽きたものか、それとも落ち武者狩りと相打ちになったか。馬の勘に任せて踏まないように、蹴散らさないようにするのが今の小十郎にできる精一杯のことだ。目の端に入れつつも、生死の確認はおろか冥福を祈る余裕すらない。
小十郎は馬上からひたすら前方の道の先へ目を凝らす。
求める姿はひとつだ。
だが探すのに夢中になりすぎたか、馬に足元を任せ過ぎたか。馬が嘶きをあげてどっと倒れ込んだのに気付いた時、小十郎はすでに地面へ投げ出されていた。
「ぐ……」
ぐるりと天と地が入れ替わり、視界に林の天辺と空が広がる。それでも隙をわずかにして、肘を立てて身を起せば、馬が倒れ、もがいていた。
馬の傍らには、胴丸だけを付けた半端な武装に槍を掴む男。
「大将首だ」
にたぁ、と笑って男が言う。小十郎はしまった、と思いつつもそれ以上動くことができなかった。落馬の衝撃は思いのほかひどく頭蓋の中が揺れている。立つために足裏を地面へ付けることもままならない。小十郎もまたもがいた。
それでも倒れたまま、左手を腰の刀へ伸ばす。
男がジリジリと近づいてくる。最大の獲物を見つけた男はわき目も振らずに近づいてくる。
目が回る。刀が抜けない――そう焦るのと、男が槍を突き出そうと身を引くのは同時だった。
だが、槍が小十郎の身を貫くことはなかった。
槍を引いた野武士の肩に矢が突き立っていた。野武士がどう、と倒れる。
「片倉さま!」
矢羽が飛んできたと思われる方へ目を向ければ、華奢な女の姿がある。
それこそ小十郎が探し求めたたった一つの姿だった。
肘をついて起き上ろうとすれば女が駆け寄ってきて手を貸してくれた。頼りない力ではあるが優しい。小十郎が礼を言うと「いいえ」と女は言う。
「お怪我は?」
「ない」
倒れた衝撃は身ににじむが、痛みはない――はずだ。それよりもと男は女に言う。
「ご無事でしたか」
小十郎の言葉に蔦は苦笑する。笑む顔の造りは相変わらず小十郎にとってはまぶしいものだったが、その顔のあちこちには小さな傷と汚れが着いており、濡烏だった髪は光彩を失っている。あわれ、が姿を持ったら今の彼女のような姿だろうと小十郎は思う。
「佐藤様にはご迷惑をおかけしてしまいました」
言って蔦は目線を動かす――視線の先には未だ警戒を解かない背が三つ。それはどれも佐藤だ。長たる定郷は槍の穂先を落とさず辺りに目を配り、標郷は道端に転がった野武士に足をかけもはやそれが動かない肉の塊になったかどうかを確かめている。秀直は得意の槍をどこかで落としてしまったのか、代わりに拾ったと思しき太刀を振り回してなんとか手をなじませようとしているようだった。
「お前ら」
言えば、三兄弟が肩越しに振り返った。
「よく耐えたな。本隊は合流した」
その言葉にあからさまに標郷と秀直が緊張を解くのがわかった。
「……オレら、もう帰ってもいいんですね」
「無事な馬を探しましょう……呼べば来るかな」
秀直が太刀の切っ先をさげて立ったまま膝に手をついて息をつき、標郷が馬を呼ぶために指で作った輪を口もとへ持っていった時だった。
「待て」
鋭く低く言って、定郷が標郷の腕をおさえた。傍目に見ても異常に力を入れているとわかるほど筋張った兄の手を見下ろして標郷は半ば開いていた口を閉じ、指を解く。
その仕草から小十郎は一の家臣の意図を読み取った。
――まだ、来る。

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