悪ガキども嫁を見に行く
 其の六

投げ鎖に右足を痛めつけられた蔦を背負って小十郎は政宗と時宗丸と並んで歩いた。城を抜け出したことを正直に白状した二人に小十郎は無言だ。いたたまれなくなったのか、蔦が口を開いた。
「私が茶屋にお連れしなければ……」
「それを言うなら、そもそも城を抜け出さなければよかったのです」
小十郎の言葉にまた沈黙が訪れる。一行は矢内邸に向かっていた。
「……そもそも私が、そのままお城か父のところに通報すべきでした。軽率でした」
「でも蔦が追わなきゃ時宗丸は探せなくなってた」
政宗が言えば、時宗丸もうなづく。小十郎は無言だった。やがて矢内邸にたどり着く。


未来の婿殿がいらした、と嬉しげに出てきた女中は、その婿殿に背負われている蔦の姿を見てさすがにぎょっとした。足を痛めた、と言えば慌てて部屋やら薬やらを様々用意し始める。
「蔦、足大丈夫?」
一同が部屋に通されたのち、時宗丸が問えば安心させるように蔦は笑い、頷く。
それから、あ、と彼女が言った。
「今日のお使い、茶屋にすべて置いてきてしまいました。どうしましょう?」
そのやや抜けた言葉に時宗丸と政宗が一瞬あと吹きだした。
見れば小十郎もいくらか雰囲気を柔らかくしている。
そこへ「蔦」と誰かの声が響いた。
「父上」ここは客間の一つらしい。
蔦の応えに、重定が戸を開けた。
「おお……これは片倉殿に、若君、時宗丸様」
彼が何か言う前に少年二人が姿勢を正して深く深く頭を下げた。重定が驚いて慌てて座る。
「蔦が怪我したのは俺たちのせいだ」
政宗が素直に言い、事情を説明すれば、重定はため息をついた。
「蔦、お前がついていながら」
「申し訳ありません」
「まあ、いい。今後はしないように。お前ひとりの身ではなくなる」
重定は小十郎と蔦を見比べながらそう言った後、「蔦のせいじゃない」と口々に言う政宗と時宗丸に目を向けた。
「別室にお茶を用意させております。若君と時宗さまはそちらに」
控えていた女中が戸を引いたので、政宗と時宗丸はその言葉に素直に従った。戸が閉められると重定が小十郎に深々と頭を下げた。
「娘がついていながら。申し訳ございません」
「いえ、蔦殿が追ってくれなければ、時宗丸様の行方は知れなかったかもしれません」
「それでも検断職の娘であれば危険は承知。軽率に違いはありません」
小十郎は何も言えなくなった。
「茶を用意しておりますゆえ、片倉殿もこちらに」
「……蔦殿と少し話を」
「わかりました」
重定はそこで立ちあがって部屋を辞した。蔦と小十郎の間に沈黙が落ちる。小十郎がその場に伏した。蔦が慌てる。今日は人が頭を下げてばかりだ。
「顔をおあげください」
「感謝すればいいのか、謝罪すればいいのか」
伏したまま言う小十郎の手に、そっと蔦が手を重ねる。
「助けていただきました」
「あれはその……、見苦しいものを」
「確かに一寸びっくりしましたが」
くすり、と蔦が自嘲するように笑った。小十郎が顔をあげる。すると、つ、と蔦の頬を涙が伝った。
「お、おかしですね。足はそんなに痛くないのですが」
見れば涙をぬぐう指先が震えている。恐怖がぶり返してきたのだ、と小十郎は気づいて思わず蔦を抱き寄せた。
「怖かった、と言ってください。気丈にふるまわなくていい。そっちの方が心配だ」
言うと、蔦はしがみついてきた。声こそ上げないが、震えている。それで十分に伝わる。小十郎は腕に力を込めた。
しばらくそうしているうちに、蔦の震えが落ち着いた。胸を優しく押し返されて、小十郎は名残惜しげに蔦を解放した。涙の筋に気付いて、思わず親指で目元をぬぐってやる。
「無事でよかった」
こくりと頷いて、ふと蔦の瞳が泳いだ。
「あの、そういえば」
「うん?」
「さっき、女房と」
「……、あ」
先ほど自分が言ったことを思い出して、小十郎は青ざめた。
「あ、あれは……」
気持ちが先走ってしまい、と、言いかけたところで蔦が俯く。
「……がいいです」
「は……?」
見れば、泣いたのとは違う訳で蔦の顔が赤い。
「まだ、嫁とか妻がいいです。女房だとなんだか、五人は子ども育ててそうです」
「え……はい」
言われて小十郎まで赤くなる。
――祝言もまだなのに俺は一体……。
頭を抱えたくなる。が、蔦がそう言ってくれたのが素直にうれしい。思わず彼女の頬を撫でる。蔦は擽ったそうにした。その手に、彼女が手を重ねてくる。小さな手だが、暖かい。
それからふと、彼女は真面目な顔になった。
「若君に城下の嫌なところを見せてしまいました」
蔦の瞳が暗くなる。小十郎は目だけで先を促した。
「若君には、下々の者は懸命に、けれど楽しく生きているのだと思っていただきたかった。それが、よりによって人攫いなど」
その言葉に、小十郎はもう片方の手も蔦の頬に添えて優しく言う。
「それでいいのです。世とは清濁併せ持つもの。どちらかにしか目を向けなければそれは愚かと言うもの。
むしろ政宗様の気性からいって、今回のことは嫡男、いずれは民を治める者としての自覚を強めるかもしれません。だから今回のことは、気に病む事ではありません」
その言葉に蔦はまっすぐ小十郎を見返してくる。
「そうですね。……若君の一番そばにいらっしゃる小十郎さまがそうおっしゃるなら間違いないですね」
蔦の言葉に、小十郎が眉をあげた。
「小十郎さま?」
「……今、名を」
「……あ。失礼いたしました」
「そういえば、路地でも」
「あの、片倉様」
「いや、そのままで……。――蔦、と呼んでも?」
「はい、小十郎さま」
呼ばれて呼んで、照れたのか蔦は小十郎の額にこつんと己の額を合わせた。小十郎はまた赤くなった。

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