蛟眠る 第十二話
 其の壱

正しくはここは伊達の領内ではない、と黒脛巾組の頭目が言ったのは翌朝のことであった。
黒脛巾組の縄張りではあるものの、国境まではまだあると言う。
伊達に好意的な村落は増えてくるが油断はならぬ、と彼はいった。その言葉に皆が気を引き締める。
念には念を入れて政宗が乗る荷車には人を寄せないよう、水を飲ませる時以外は決して筵をあげないようにと蔦が言うと、ならばもっと頭を使いましょうと頭目が言った。
彼は怪我をした者たちにはより大げさに、五体満足な者には身体を欠損したように装わせることを小十郎に提案したのだ。
「わが軍の敗走はすでに伝わっておりますゆえ、念には念を。落ち武者狩りでなければ、怪我人は丁重に扱ってくれるものです――それが人の情というものですから。大げさに『怪我をした』者たちのおかげで、兵は休めますし、政宗様に近づく者もないはずです。それに筵で隠し通せば国主が目覚めないと知られることもないでしょうから、無用な動揺を民に広げることも防げるでしょう。敗北と言うだけで民は動揺しておりますから」
頭目の言葉に頷きつつも、小十郎は顎を撫でた。兵士たちの怪我を酷く見せることで村人たちの丁重な扱いを引き出すのはともかくも、それがどうして同時に人々を政宗から遠ざけることになるのか、彼には少しばかりわかりかねた。
「……もし荷車に興味を持って莚をよけろと言われたらどうする」
「しばらく筵に手が届かないように阻んでいただければ、勧進帳よりも見事な演技をしてみましょうぞ」
小十郎の懸念に、黒脛巾の頭目は表情一つ変えずに言ってのけた。
事実、黒脛巾組が選んで立ち寄った村々――一村落に全員ではなく、休ませる兵を入れ替えながら数か所に立ち寄った――にも悪気はなく好奇心で「それは何か」と政宗の荷車に近づくものがあった。
蔦と小十郎が彼らを阻めば、怪我を装った頭目はその場で落涙し、これはわが友の亡骸、せめて残された妻と幼子の下へと返してやりたく、とまさしく絶望の中わずかな光にすがりつくような声を出した。そうするとほとんどの者が納得し哀れみと遠慮をみせて引き下がった。が、それでも莚をはがせという者には頭目は、これなる遺骸は刀傷多く、指は落ち、鼻は削がれ耳は盗られ、顔は潰れておりまする、ご覧下され後に続く我が同胞を、腕をなくして命拾ったもの、脚を切られて魂繋いだもの、皆あのような姿になってしまいました、亡骸はそれを上回りまするが、ご覧になられますか――と涙声で重ねて言いながら筵に手をかけた。すると聞かされた無残な姿を想像したのかさすがにみな躊躇し、その場を離れ、中には穢れたものを見た顔をしながら早く行けと言うものもあった。
村を離れると、先ほどまで無念の涙顔をしていた頭目はケロリとした顔をしていて、小十郎は黒脛巾の者たちの働きぶりに感嘆した。懸念は見事に晴れ、合点がいった。その様子にこちらも大げさに包帯を巻いて怪我を装った蔦が「あれが彼らの勤めにございます」と言った。
小十郎が
「成程、忍も使ってみるものか」
と言えば彼女は苦笑して
「政宗さまも片倉さまも、忍があまりお好きではありませんからねぇ」
と言った。

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