蛟眠る 第十一話
 其の壱

黒脛巾組の頭が行軍を止め、森の中で一晩明かすことをすることを提案してきたのはなんとか山ぎわに日がとどまっている頃であった。
忍たちに導かれて人も通ると思しき細い道を逸れ、木々の間に入れば林はすぐに森になり、獣道すら外れていけばすぐにここがどこかわからなくなる。しかも夜は森の中へ一足早く訪れていた。そんな森の中へいくつかの組になって散り、野営することになった。一組に対して森を知る黒脛巾組がひとりは付く。小十郎はもちろん政宗とともにあった。しかし、彼らに着いた黒脛巾組の頭目はすぐそばにいると言って、部下を連れて森へ隠れた。辺りの警戒のためだろう。そして野営の地に残されたのは――政宗と小十郎と、蔦になった。
今宵は森の木々ばかりでなく、雲も月を隠すので火を焚く必要があった。黒脛巾組が森へ消える前に用意してくれた小さな篝火の下、蔦は水平になるように止められた荷車に寝かせられたままの政宗の世話をした。傷の世話ばかりではなく、このままでは背中がいたくなってしまうでしょうからと、どこかから毛皮と布切れをもってきた彼女は小十郎に一旦政宗の身を起こすように言った。言われたとおりに小十郎がすると、蔦は空いた背の下へ手早く毛皮と布切れを敷き詰める。小十郎はその手際に感心しつつ、ふたたび政宗を寝かせるとぽつりと言った。
「お目覚めにならないな」
清潔な布に水を染み込ませ、せめてもと政宗の唇を湿らせる蔦は困ったように見上げてきた。
「今までずっと走ってきた方ですから――休息が必要なのかもしれません」
「ああ……」
主を見おろす蔦の視線は慈しみに満ちていた。たしか、彼女には弟がいたか。小十郎も姉の喜多に遠い昔そんな顔をされたような気がしたが、おぼろげでいつのことかはわからない。
篝火に照らされる女の横顔を見るともなしに見ていれば、ふいとその蔦が小十郎へ目を移した。
「片倉さまも手当いたしましょう」
「ああ――では場を外すか」
蔦には政宗の側にいてもらわなければならない。ではここから少し離れて、自分でこびりついた血などを落とすか――そう思って言えば、蔦は頷かなかった。
「手当をさせてくださいませ――未だ戦の途上、女の手は不要というならば、無理にとは申しませんが」
「――」
蔦は妙にきっぱりと言った。小十郎は逆らえず、こっくりと頷いた。蔦は安心したような笑みを見せ、ごく近くに控える。篝火の火が二人を紅く照らした。
篝火とともに用意された床几――おそらくは黒脛巾のものが持参していたのだろう。退却の間に失くしていたものだった――に腰を落ち着かせた小十郎はまず籠手の留めを緩める。緩めて、籠手は大地に引かれるままそこへ落とした。だが予想以上に疲労しているのか、指先を覆う手覆いが上手く手が引き抜けない。そのあいだに自分のゆがけをはずした蔦がそれに気づいた。少し迷ったような顔をした彼女に手を取られて、思わずそのまま任せてしまう。
「手がむくんでおられるようです――私がやりましょう」
優しく安心させるような口調に、小十郎はたじろいだ。

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