悪ガキども嫁を見に行く
 其の五

「!」
「蔦!」
振り返れば、蔦が倒れ伏している。見れば、蔦の右の足首に投げ鎖が絡みついているではないか。
「お早く!」
顔をあげた蔦が言うのと、男たちが蔦を取り囲むのが同時だった。男の一人がぐっと蔦の髪をつかんだ。
「蔦!」
政宗は棒を構え、時宗丸が徒手のまま拳をつくって顔の前に構える。
「舐めた真似してくれやがって、お稽古ごとで敵うと思ったのか、あ?」
蔦が身をよじると、その顔を覗き込んだ別の男が言う。
「へえ、結構上玉じゃねえか。ガキより高く売れるかもしれないぜ」
「その前にお詫びをしてもらうっつーのもいいな」
下卑た笑いをする男たちに政宗の肌が泡立った。政宗がついぞ聞いたことのない下品な声にだ。
「蔦を放せ。下衆どもが」
「おーお坊ちゃんがお怒りだぜ」
男たちは下卑た笑いを響かせた。パリパリと政宗と時宗丸の周りに、比喩でなく怒りの雷が溜まっていることに男たちは気づかない。無理もない。武人以外にはない人知を超えた能力だ。まだこの不可思議な力を二人は御しきれていないが、今は使うしかない。バリバリと二人の周囲で光がはじけ始める。
そして二人が何らかの技を出そうと息を吸い込んだ時だった。
「唸れ!」
低い押さえた男の声が路地に響く。
「鳴神!」
ドン、と雷鳴が響いてあたりが真っ白になる。政宗と時宗丸は思わず目をつぶった。自分たちが呼んだ稲妻ではない。次に目を開けると、男の一人が体から煙をあげてゆっくりと崩れ落ちるところだった。
「政宗様!時宗丸!」
「小十郎!」
鳴神と唱えて雷神を呼んだのは片倉小十郎だった。左手には真剣を下げている。
「ご無事ですか!」
「蔦が!」
知っている顔が現れて、時宗丸は情けない声をあげながら前方を指さした。
「?!」
小十郎が見れば、残された二人が蔦を抱えたままじりじりと後退している。しかも蔦の喉元には、刃物。
「近寄るんじゃねぇ!女がどうなってもいいのか!」
小十郎が大技を放ったのが逆効果になったらしい。男たちは命の危機を感じて蔦を盾に取ったのだ。見る間に小十郎の顔つきが変わっていく。
「……蔦を解放しろ」
少年二人とは比較にならない帯電が小十郎の周りを渦巻き始める。
だが男たちは聞こえなかったのか、後退を続ける。その動きで蔦の首筋に刃が当たった。一筋赤いものが流れ落ちる。それを見て、小十郎の顔つきが鬼になった。
「俺の女房を放せと言ったんだ……!」
言い終わるのと小十郎が地を蹴るのは同時だった。一瞬で間を詰めると峰で男のガラ空きの胴を打ちすえる。
打ちすえられた男が空気とともに何かを吐きだし、崩れ落ちる。そのわずかの間に小十郎は解放され体勢を崩しかけた蔦を右腕に抱えて、飛び退く。
「小十郎、右だ!」
政宗が警告を発するのと小十郎が蔦を庇うように半身を引くのは同時だった。そしてその反動を使い、小十郎は「おらぁ!」という声とともに左足を繰り出した。
足はまっすぐもう一人の男の鳩尾に突き刺さる。男は路地の壁まで吹き飛んだ。吹き飛んで、ぐったりと動かなくなる。
小十郎が刀を地面に突き立てた。撫でつけられた髪が一筋くずれて、額に落ちかかる。刀を引きずったまま、蔦を抱えたまま、小十郎は手近に転がる男に一瞥をくれた。小十郎の周囲が再び帯電しはじめる。
「小十郎さま!あとは父にお任せください!」
場に似合わぬ女の声に、小十郎がふっと目を蔦に向けた。
見れば、右腕の中で蔦が必死の形相で小十郎を見上げていた。
「……、矢内殿は検断職でしたか……」
「ええ、ここも父の担当です」
蔦はそう言って小十郎にぎゅっと抱きついた。すると、彼にとりついた鬼が消えていく。
「怪我を」
我に返り、蔦を地面に下ろした小十郎は手ぬぐいを取り出して首筋にあてた。その手に、蔦の手が重なる。
「かすり傷です」
蔦は小十郎を落ち着かせようとしたのか、そう言って何事もなさそうに笑いかけた。その笑みに小十郎は無意識に蔦を抱き寄る。そしてほっとため息をつく。
「……、政宗様と、時宗丸様が」
蔦が腕の中で小声で言った。小十郎ははっとしたが、腕の中に蔦を閉じ込めたままそちらを見やった。呆然とする政宗と時宗丸に、小十郎は低い声を出した。
「納得のいく説明を」

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