蛟眠る 第十話
 其の壱

落伍者が目に見えて増え始めたのは越後を抜けたところだったか。
毘沙門天は戦の天部。ならば敗者に容赦なく地吹雪を吹き付けたのも必然か。
伊達の進軍は結局、小田原のはるか北部で阻まれた。
石田三成が率いる豊臣の一部隊に、である。
政宗は石田と一騎打ちにまでなったが――石田はなぜか完膚なきまでにたたきのめした相手の首を捕らなかった。
情けではない。
興味がなかったのだ。
自分の手柄にも、政宗の奥州筆頭という立場にも。
捨て置かれた政宗を、比較的傷の浅い者たちで馬上へ引き上げると、小十郎は副将として撤退を命じた。しかし、まっすぐに北上する街道沿いを行けば必ず追手があるだろうと、選んだのは伊達の本拠地へ最も遠い道のりだった。
その途中物見遊山に来たらしい男は彼らを嘲笑った。これも興味がなかったか、誰の首もとることなくどこぞへと消えた。かつて自ら欲しいといった六の刀すら、「主を喪ったモノに興味はない」とばかりに捨て置いた。
もとより天下覇道に興味のない軍神は、不用意にその領地へ踏み込んだ小十郎の盲目を指摘すると氷と吹雪の向こうへ消えていった。
何を間違えたのか。――すべて間違えたのだ。


北へ北への退却路では、常に小十郎は負傷して目覚めない政宗の側にあった。
小十郎は傷つき怯えた伊達軍本隊は政宗と共に退却行軍の中ほど置き、魁と殿軍には佐藤兄弟を中心とした己の指揮下のものを置いた。
行きの大里で合流した定郷は先の戦では弟たちと共に殿軍にあった。そのため豊臣との戦で佐藤三兄弟が負った傷は主力の兵や主よりもよりいくらか浅かった。斥候として定郷と秀直を行軍のさらに先におく。もし何かあった際は猪突な秀直がその場にとどまり、定郷がとって返して事態を知らせる――そういう算段だった。
標郷は伊達軍本隊と小十郎の間にあり、歩みの速度やどこで休むべきかという相談役を引き受けた。
そして、ここは羽州か奥州かというところに来た時のことであった。
向こうから二騎が戻ってくる――定郷と秀直だ。
小十郎と標郷が前へ出る。馬は定郷のものが二人に腹をみせ、ごく近くで止まった。秀直はその向こうに控えている。
「賊か」
標郷が兄に問うと、定郷は困惑したような表情を見せた。
「殿に来ていただかねばなりません」
定郷はそれだけ言うと、来た道へ目をやった。
「悪いものではないでしょう――困惑するものではありますが」
珍しく表情に忠実な言葉を言う定郷は小十郎を見下ろした。小十郎はひとつ頷いて人を呼び政宗を任せると、標郷についてくるように命じて自らも数少ない無事な馬にまたがった。

 目次 Home 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -