蛟眠る 第七話
 其の四

三日目――珍しく与えられた休みの最後、小十郎は定郷と標郷を伴って鍛冶町を訪れた。
鍛冶屋が並ぶ中から、刀剣や槍に優れる者を選んで尋ね、兵に持たせる物の交渉をする。小十郎は本来出てこなくてもよかったと標郷は言うのだが、二日酔いに近い小間使い――標郷のことだった――がいくより強面の主人が良かろう、と定郷が言った。標郷は小間使いと言った兄の言葉に顔をしかめたが、すぐに頭痛がしたかこめかみを押さえた。ちなみに秀直は一日、使い物になりそうにない。
鍛冶屋の親方は意外に人好きのする人物で――あるいは、そう装って小十郎たちを値踏みしていたのかもしれないが――やすやすと話は通った。しかし標郷が示した金額を見るとすかさず
「それでは鋼が柔らかいものでしかできない」
と言った。そこから先は標郷を控えさせて、小十郎が直接交渉した。硬すぎず、柔らかすぎず――親方は小十郎の前に、よい鋼と悪い鋼を並べて見せた。
標郷や定郷の顔には親方を疑うような色があったが、小十郎は親方の
「悪い鋼でそちらが損をしても、ワシらを責めんと言うなら、その値でいたしましょう。これで散々お止した上に、損をしたのがワシらのせいだから責任を取れと言われてもこちらではどうしようもないですからな」
と、ぐっと背を伸ばしていうのを見て、小十郎は鍛冶屋を信じるに値すると判断した。標郷に命じて職人が示した額で武具を誂えさせることになった。
その帰り――定郷と標郷を従えて、鍛冶町を抜け、城下の中心へ進む。
一行はなにとなく人にひかれて、人通りの多い方へ進んでいた。急ぐ理由もないからだろう。町はあいかわらず、にぎやかだ。あれやこれやの量り売りや流しの修理屋が道具を肩に下げ歌うように口上を述べて道行く人の気を引いていく。子どもを連れた母に、使いだろうか走り回る小僧もいる。店先に並んでポカンと空を見上げている老人たちもいれば、忙しく働く若い男たちもいる。
それが町であり、国のひとつのかたちである。
「あ、札見ていきますか」
やがて道は大きな辻へと差し掛かる。これが城下の最も大きな辻であった。標郷が言葉通り、色々な知らせがかかげてある制札のあたりへとやや左右に揺れながら小走りに行く。
その様子を眺めて、小十郎はふと気付いてしまった。
――ここはもう大町だ。
東西へ抜ける道と南北へ抜ける道。それが交わるこの大きな辻。
交わる道の一方、東西を貫く通りは大町と呼ばれる。城下の中心だ。
そこは蔦の父矢内重定が検断を任されている町であった。
気付くと、無意識に目玉が動いてそこを探す――眼が、他の店や家々よりあきらかに大きな家を捉えてしまった。検断屋敷である。検断にあるものの居宅と客人を迎え執務を執り行う客座敷を兼ねるその建物は、どうしても土地を広く必要とする。だから、目玉はいとも簡単にそこを見つけてしまった。
いくらそこを見ていただろうか。
ふと背中に嫌な視線を感じて振り返れば、定郷が口元をゆがませていた。端的にいえば、面白そうにニヤついていたのである。その視線の中に、わずかながら兄姉に見るような生温かい優しさめいたものを感じて小十郎は一瞬、年甲斐もなくもう少しで定郷に向かって左の拳を繰り出すところだった。
が、そこへ昨夜のことも今の小十郎の視線も知らない標郷が戻ってきて
「兄上何を笑って――って、殿、顔怖いですよ、何か踏んだんですか、ヤだなぁ」
と言ったので、なんだか気持ちがなえてしまった。兄弟に背を向けてむっつりと無言で歩きだせば、背後で定郷が冗談めかして標郷に「ありがとう、命拾いした」というのが聞こえた。標郷が「はあ?」という典型的に間抜けな声を出したのは言うまでもない。

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