蛟眠る 第七話
 其の壱

翌日。
小十郎の最初の仕事は標郷が書き起こしたものに目を通すことだった。
それは小十郎が抱えることになった者たちが纏う武具甲冑の必要な数と、それを購うための金銭の額が算段して書きつけてあるものだった。
長々とした書きつけに目を通す小十郎に標郷は明瞭に言った。
「刀ひと振りや槍ならば自弁できるものも多いですが、加えて具足に鎧を一揃いとなると難しいものが多いです。逆の場合や、どれか一つか二つなら可能もなこともありますが。陣笠も揃えなければなりません。竹であれば自分で拵えられる者もいるようですが」
「竹か……」
「どう思われます」
「拵え方にもよるだろう。鉄は強いが重い、竹は弱いが軽い」
「かつ安く上がります」
「安物買いの銭失いって言葉があるだろ。この場合失うのは銭じゃねぇ。脳天かち割られないようにするのが上策だろ」
「御意に」
書きつけから目を離さずに言った小十郎に標郷はさっと頭を下げた。そんな標郷を目の端にとらえつつ、小十郎は今度は兵站の算段に目を落とした。
「どうせ俺には女房も子供もいないんだ、銭金はどうとでもなる。……ところでお前これを一人でやったのか」
すると標郷はわずか首を振った。
「いえ、そういうわけではありませんが……そうですね、大枠はだいたい。どうも私は、武働きよりこちらの方が向いているようなのです」
「俺としては助かるがな。戦は苦手か」
主の問いに標郷は腕を組んで考え込むようにした。
「苦手、というのは考えたことはございませんが。こちらの方が得意というだけで。……そういえば兄は、戦に出るのでも私には全体を見渡すような役割の方が性に合ってるのではないかと言います」
「ほう?」
「秀直については一騎で斬りこむのに喜びを感じてる性分だと思うが、と兄が。たぶん、兄の言っていることなので当たっていると思います」
小十郎は思わず眉をあげた。
「仲がいいんだな、お前たちは」
小十郎にも兄姉がいるが、仲がいいかと問われれば父母が一人ずつ余計に居るようだった、と答えるしかない。仲がいい、とは別種のものだ。標郷は腕を解いて、今度は顎を撫でた。
「仲がいい、というより……兄は冷静なのです。私がよく喧嘩をしたのは秀直の方ですし。長男の性分か、偉ぶっていると感じたこともありますが、何事も的確な人間ですね。母よりも叱るのは上手かったし、父よりも褒めるのは上手い」
こどもの喧嘩などだいたいが上が悪いだの我慢しろだのいうのが親の定石ですが、兄はまずそれぞれの言い分を聞いてくれたもんです――と標郷は懐かしそうに言った。
「言い分を聞いてもらったうえで、『お前は兄貴なんだから、年下は大目に見てやらねばならない』なんて言われると、不思議と――まあ不承不承ですが――我慢できたもんです。まあ、続けざまに秀直なんかは『お前は年下なんだから兄は敬わなきゃならん』と言われてたんですがね」
「喧嘩両成敗か」
くつくつと小十郎は笑った。と、同時に自分とわずかしか変わらない定郷が兄弟喧嘩でみせた技量を思い、少し寒気がした。小十郎には自分が同じ年ごろにそんなことができたとは思われなかった。梵天丸だった政宗の面倒を見れたのは、十という歴然とした歳の差があればこそであったと、最近とみに思うのだ。
――まあ、長子と末子の違いかもしれないが。
その違いの理由を生まれ順に押しつけて、小十郎は自分を落ち着かせた。
「それにしても――お前は全体で秀直は一騎駆けか。覚えておこう」
その日は片倉の屋敷と小十郎が抱えることになった部隊の内務を整えることで、終ってしまった。

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