蛟眠る 第四話
 其の壱

それからまた数年。まだ若いと言うのに輝宗が息子へ家督を譲った。隻眼の政宗の能力を疑い、政宗の弟竺丸――小次郎を当主へ据えようという動きを察してのことか、それとも己の将としての能力に見切りをつけたのかはわからなかった。
だが――年若い当主の誕生は、家中の者への牽制と共に別の反応も生み出した。
「小十郎」
姉に呼び出された小十郎は、普段足を踏み入れることも少ない奥の庭で目をむくこととなる。
「姉上――これは」
「姫さまは奥の部屋にてお休みいただいています」
縁側から見下ろせば、筵もしかない砂利の上に女が数人。どれもこれも見覚えがあるものばかりだが、彼女らは縛りあげられていた。皆田村から愛にしたがってやって来た者たちで、うち一人は愛の乳母――こちらに来てからは「田村の侍女頭」と称していた者――であった。
小十郎がその光景に狼狽する間に、喜多は語り始めた。
「どうもはじめから伊達になじもうとせず、あまつさえ乳母は姫さまに未だ権勢を誇る様子。探らせたところどうも“外”へ通じていたようです」
「“外”へ? しかし、田村は――」
外へ通じる――すなわち間諜であったということか。しかし、どこの間諜であるというのだろう。小十郎は愛姫の父田村清顕の伝え聞く人柄を思い起こして首をかしげた。ましてや田村は伊達を後ろ盾に自ら選んだのではないか。しかし喜多の口からでたのは田村の名前ではなかった。
「姫さまの御母堂は相馬の方だとか」
「相馬」
それは鎌倉は征夷大将軍頼朝公の時代に遠祖が奥州に領地を安堵されて以来、東の大海に顔を向ける地を治める大名の名であった。伊達家とは数代にわたって争い、和議し、また争う――そんな関係にあった。
小十郎がわずか顎を引くと、喜多は凛とした声をあげた。
「蔦」
「はい」
呼ばれて現れた蔦は、喜多の側に平伏した。
「蔦が証拠をもっています――沙汰は男の仕事です。政宗様や綱元、他の者にも伝えなさい」
喜多の言葉と共に蔦が顔をあげ、小十郎へと何かを差し出した。
――それは文であった。
「裏切り者!」
小十郎がそれを受け取ると同時に、庭からパンと罵声が飛んだ。見れば乳母が泡をとばさん勢いで喚いている。
「町人あがりの雌犬め! 我らに取り入り、書状を盗むとは言語道断――!」
「言語道断とはそちらのこと」
蔦は罵声にひるむことはなかった。キッと庭の女たちを睨みつけて言う。
「矢内は曽祖父弥一清教の頃よりに騎馬をもって伊達家に仕える一族。謗られようとも裏切り者と言われる筋合いにはない!」
怒気を孕んだ蔦の声は、小十郎の知らないもので、裏切り者の侍女たちを怯えさせるに事足りるものであった。怒れる目は男にも劣らない。怒気をはらんだ、しかし良く通る声は庭にざわめくすべての音を打ち消した。
「ましてや姫さまのいとけなきところをして他家の利としようなどど、そちらの方が裏切りである! そなたらは姫さまのために伊達へと参ったのではないのか!」
だが一人怯えを見せない乳母の方は、そんな蔦へ怨みの視線を投げつけていた。
「矢内! 覚えておれ! 末代まで呪ってくれるわ!」
蔦は乳母の視線をまっすぐに受けて止めていた。


詮議の後、乳母以下の者たちは死罪となった。乳母と侍女の皮をかぶった間諜――そう書状から結論付けられたのだ。しかし政に触れられぬ彼女らがどの程度間諜の役割を果たせたかは不明である。伊達になじむ気配のなかった女たちが色仕掛けでなにやらを盗んだ形跡もなかった。しかし、世は乱世であり不穏な者は摘まれる時代であった。
書状の宛先はたしかに相馬出の愛の母であり、単に娘の消息を知らせるものでなかったのは確かであったが、輝宗の若年での隠居と「かため」の政宗の家督相続に関する家中のざわめきの記述がはたして田村と相馬のどちらの利としようとしたのかは、実は判然としなかった。田村家へ質問状を送るかという話は紛糾したものの、結局それはうやむやになった。主である愛姫は何も知らなかったし、田村からついて来た侍女全てが加担していたわけではない。むしろ乳母に従ったのは少数であった。後ろで何かが糸をひいていたとして、暴露せずともいいものもある。小事を裁いて大難を呼ばず。死をもってこれを終わりとする――それだけで見せしめとしても十分であった。

 目次 Home 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -