蛟眠る 第参話
 其の参

そしてまたひとつ、微笑ましいことがあった。
政宗が七つの時に生まれた弟竺丸――今はもう六つだが、それが兄を慕うようになったのだ。父に似て優しい子と評されるその子は母と兄の微妙な関係を読みとり、兄の感情を逆なでしないよう気を使っているようなところがあった。
それが、母の手を離れる時間が増えたのか時折政宗の稽古をのぞきにきたりするようになったのだ。政宗もはじめはそれを無視していたが、やはり兄の血か、しばらくすると声をかけるようになった。
「竺丸、稽古をつけてやろう」
腰に手を当てて胸を張って政宗がそう言うと、竺丸はひょいっと隠れていた物陰から姿を現した。
「はい、あにうえ!」
明るい声と共に嬉しそうに駆けてくる竺丸は、稽古よりも兄に声をかけてもらったことが嬉しいのだろうと思われる。物陰から兄をうかがう視線は、このところ憧れを多く含むようになっていた。政宗は小さな弟へ竹光を握らせると、素振りをさせた。
それからは政宗は馬場へも竺丸を伴うようになった。手放しで馬を操る兄に弟はすごいすごいと歓声を上げ、政宗が鞍の前に乗せれば早い早いと喜んだ。政宗も手放しに褒めてくれ、そしてしてやったことに素直に喜ぶ弟に新しい喜びを覚えているようであった。それは物心ついて以降、政宗が父以外からはじめて明確に与えられた家族からの愛情であり、また初めて自ら注ぐ家族への愛情かもしれなかった。
時には時宗丸も入れて従兄弟がそろうこともあった。一番上の政宗が一番えらぶったが、竺丸が加わると自分もえらぶれる時宗丸もまんざらではないようだった。
そしてときに、小十郎も加えて本を読むこともあった。
まだ難しい漢字のよめない竺丸は、きちんと正座をして兄の隣に座った。
小十郎が竺丸の気質が政宗とだいぶ異なることに気付いたのはそんなことが幾度かあった時であった。
「――ぐんきもの、はこわいですね」
兵法や道徳、政を説く物よりも物語のようなものがよかろう、と竺丸が来る日は自然と軍記物を読むことになっていた。その言葉に年上の二人が顔を見合わせた。
「そうかなぁ、だってかっこよくない?」
時宗丸がそう言うと、政宗も言葉を重ねた。
「兵法もちょっとは学べるし、一石二鳥じゃないか」
すると竺丸は困った顔をした。
「でもぼくは、なんだかこわいです。牛さんの角に火をつけるのはかわいそうですし、首って素手でねじりきれるのですか?」
こわごわと言う感じで、兄と従兄、兄の近侍を見比べた竺丸に時宗丸がからからと笑う。
「竺は女の子みたいだなぁ!」
「申し訳ありません、首がねじ切れるのかは小十郎にもわかりかねまする」
微笑ましさを意味する笑みを含んだ応えに竺丸はしゅんとした。そんな弟の頭を政宗は撫でる。
「ま、お前はそれでいいさ。で、竺丸はどんな話が好きなんだ?」
兄に問われて、弟はパッと顔をあげた。きらきらとした瞳で兄へ語る。
「はい、ほとけさまのおはなしなど、とてもすきです。朝夕だいじに食べただいこんが、武者になってしゅじんをお守りしたのは、ほんとうにおもしろいと思いました」
「仏の話っつーか、大根だと『徒然草』か。まあ当たらずとも遠からず、か」
そこへ、失礼いたします、と外から声が掛けられた。竺丸の傅役の声であった。
「竺丸様、奥方様が戻られます。お早く」
すると、竺丸はピョンと立ち上がり、
「兄上、しつれいいたします。時宗丸、小十郎、またね」
と言って出ていったのだった。
竺丸は母の隙を窺って兄を訪ねていたのだ。
ともかくも、その出来事で軍記物よりも僧の随筆を選んだ竺丸に、小十郎は政宗とは気質がだいぶ違う、と思ったのだった。

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