蛟眠る 第参話
 其の壱

やがて時が過ぎ、梵天丸は伊達の中興の祖の名をもらい、政宗となった。そしてその政宗のもとに田村清顕の娘・愛が嫁いできた。祝言の日には家臣たちにもいくらか祝い酒がふるまわれた。酔う性質ではないが、祝宴の雰囲気に飲まれ、小十郎もめずらしく気分がよかった。ふと、浮き立つような人々から逃れ火照る体を冷まそうと何となく外廊下へ出たときのことだった。季節は冬――外の空気はサッパリとしていた。
めでたき日を祝うような、うっ屈として雪に閉じ込められることの多いこの時期には珍しい優しい陽光がふりそそぐ中庭の向こうに、膳を運ぶ女たちが見えた。その中にひとつ、知った姿を見た気がして小十郎は目を瞬いた。その間に、女たちの列は廊下の角を折れ、消えた。ふと侍女として城に仕える姉の喜多だったのだろうか、と思うがあれは下働きの女の気もした。それに姉ならば、見間違えようもない気を放っているものだ。
その正体を数日後、小十郎は知ることになる。
「お前が袖にした矢内殿の娘は気働きが良くて、ほんとうにいい子ですね」
姉の部屋を訪れた折、出された茶を口へ含んだ時を見計らったように言った喜多の言葉に小十郎は見事にむせた。気管へ入りかけた茶をなんとかしようとむせる弟を半眼で見降ろしながら、喜多はゆうゆうと湯飲みへ手を伸ばした。
「政宗さまの婚礼の折、人手が足りなかったので、身分が保障される娘たちを手伝いに呼んだのですよ。そこへ矢内殿の娘さん――蔦と言ったかしら――が、いて。そりゃあ厨の者も侍女たちも褒めたものです。町人の娘にしては作法を知っているし、がむしゃらに前へ出ようともしませんでしたからねぇ」
「――は、はあ」
「検断屋敷でも父や世話人たちの手伝いをよくするとかで、評判が良いらしいわね。前々から登城させようとしていたらしいけれど、あの娘が固辞していたとか。でも今回はどうしても人手が足りなかったのと、父の顔を立てるために出てきたようですね」
「……」
「何でも弓も得意だそうで、姫さまのために火之番を増やしたいという話もありますし、御仲居にも空きが出るとかで、もうあの娘が固辞するのは難しいでしょうねぇ」
「……………」
あの日見た、見覚えのある姿は蔦だったのだろう――小十郎がそう思いながらややうつむき加減でいると、喜多はため息をついた。
「可哀そうに、あの娘はお前に袖にされたのにお前と同じ城で働くことになったのですよ」
小十郎は姉の言葉に遂に肩を落とした。

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