蛟眠る 第二話
 其の四

それから三日。
再び小十郎のもとを佐藤兄弟が訪れていた。今度は三人そろってである。
「秀直から話があるそうで」
切り出したのは定郷だ。
「……なんだ」
低い声でたずねれば、秀直はしばし自分の膝のあたりを見つめた後、小十郎に目を移し、まっすぐに見つめていってきた。
「オレは箸にはなりたくないと思います。オレは撞木になれますか」
「……、どっちかってぇと、鐘の方目指してほしいんだが……」
小十郎は困ったように頭を掻いた。定郷と標郷は苦笑している。
「俺だって人のこと言えた義理でも立場でもねぇが、テメェがまだ山から切り出された木ってわけじゃねぇなら、どうとでも転ぶだろ」
小十郎も所詮は若輩である。箸になりたくはないが撞木になりたい、と木に言われても、己の技量すら定まらぬ木こりではどうしたらいいかわからない。あるいは木こりではなく木地師かもしれない。己がまだ何者であるかわからぬのに、他人にどうあれと説教した己がいまでは恥ずかしい。
「転がすのは自分次第だろ、実際お前は木じゃねぇんだからな」
これまた無責任な言葉だ、と思いつつ、だが己にも言い聞かせるように言えば秀直は考え込むようにした。
しばし、沈黙が満ちる。
ふと、秀直が足を組み替えた。正座し、居住まいを正し、背筋を伸ばす。
「佐藤大学秀直、これより片倉小十郎景綱様にお仕えしたく存じます。先日の非礼と無礼、なにとぞお許しいただきたく思います」
そういうと、秀直は深く深く叩頭した。小十郎はやや面くらって、彼の頭をじっと見つめてしまった。そこへ、声がひとつ。
「この標郷からも何卒お願い申し上げます。弟の無礼は百も承知ですが、お許しいただきたく」
もう一つ頭が深くさげられて、小十郎はさらに困惑した。思わず二人の兄に目をやれば、定郷は背筋を伸ばしてまっすぐ視線を返してきた。
もはやその目に小十郎が自分の主に相応しいかと値踏みする色はない。
「――実はこの定郷、片倉様の力量を怪しんでおりました。若様の傅役、出世頭といえど、後ろ盾少なく、ましてや私より二つばかり年上なだけであるのもその要因です」
「……」
「そのお顔ではやはりお気づきであったかと。しかしながら、長らえてこその伊達の力というお話を聞き、心の底からお仕えしたいと思うようになりました。兵は民であります。民である兵が悪戯に死にゆくならば、国が衰え行くのは必定のことです。片倉様はそれをご存じであらせられる」
「……」
「それをおわかりである主であれば、この定郷、身命をしてお仕えしたいと存じます。が、わたしは末弟以上の無礼を働いたも同じ。お気に召さなければ、そのまま放逐いただければと存じます」
定郷の言う彼の無礼とは、彼の主となる人である小十郎を疑い、怪しみ、値踏みしたことだろう。人によっては、まっすぐ無礼を働いた秀直より心の奥底でそのような疑念を抱いた定郷に不快感を示すかもしれない。
が、小十郎は違った。
「身内には辛口なのがいた方がいい。歳が離れすぎていて唯唯諾諾と従うだけのなら、どこにでもいるだろ。だが俺には今のところ立派な屋敷もなにもない。それに梵天丸様の元服までは城で寝起きするつもりだ。苦労するぞ」
「もとより承知でございます、――殿」
定郷がそう答え、頭を下げた。
殿などと――と小十郎は抵抗しかけたが、三人それぞれの頭のてっぺんを見せつけられて、小十郎はついに頷いた。
「ではこちらからもよろしく頼む」
それから顔をあげるように言うと、定郷の顔は何かを決意したような顔をしており、標郷はほっとしたような顔をしており、秀直は目を輝かせていた。三者三様だが、悪くはない。
四人そろった場が初めてなごんだ。
そしてその和んだ空気に、あ、と標郷が声を挙げた。
「箸と撞木の話、とても興味深いのですが、なんの古典でしょうか?」
興味深そうに、また好奇心いっぱいといった感じで訪ねてきた標郷に小十郎は若干バツが悪くなった。おそらくは彼の興味と好奇心は満たせまい。理由は、以下だ。
「あれは――……姉からの受け売りだ」
標郷と秀直がキョトンとし、定郷は「成程、少納言様」と言って面白そうに笑った。小十郎は遅れて苦笑した。

 目次 Home 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -