悪ガキども嫁を見に行く
 其の二

「蔦様!」
家の門をくぐったところで女中に呼び止められた蔦は立ち止まる。
「はい?」
「申し訳ありません、もうひとつだけお願いが」
「いいわ。お使いはいつものことだもの」
すると女中はため息をついた。
「本当なら祝言までのんびりしていただきたいのですが……」
「そのために皆忙しいのだもの」
蔦は屈託なく笑って言う笑う。
「準備のほとんどは母上や片倉の方がやってくださっているし、衣装の合わせが終われば時間は余るし……動いているほうが気が楽よ」
「そうですか……。ではくれぐれも、お気をつけて」
蔦は頷いて、歩きだした。
……それを物陰から見つめる目玉が四つ。もちろん政宗と時宗丸である。
「はー。あれかー。美人だな」
時宗丸が言うと政宗がうーんという。
「そうか?中の上くらいだろ」
「梵は相変わらず厳しいなぁ。自分が男前だからって」
「ま、小十郎にはアレくらいでいいんじゃねえか。むやみにbuautifulでも反感買うだけだ、アイツの場合。家の釣り合いも取れてるし」
そう言って、政宗と時宗丸は物陰から飛び出した。
「さて、ちょっくらついてってみるか」
「おう!」


かくして物陰に隠れながらの尾行がはじまった。とはいえ、まだ子供の背丈の二人があちこちに隠れつつ通りを動いても大人たちは「あれ、どこぞのお坊ちゃんが遊んでいらっしゃる」と思われるだけなのではあるが。
蔦は金継屋で器を一つ引き取り、小間物屋で簪を眺め、反物屋でなにやら話をして、途中の店に何やら書きつけた文を渡した。
「ほんとにお使いだなぁ」
時宗丸がぼそりとそう言った時だった。不意に蔦が後ろを――つまりこちらを振り返った。
「やべ、隠れろ」
「わっ」
政宗は物陰に時宗丸を押し込めた。
「見つかった?」
「Be quiet!」
二人はお決まりのやり取りをして、もう十分だというころにそっと物陰から顔を出した。蔦の姿はない。
「行っちゃったかな」
「みてえだな」
そうして物陰に身を戻した時だった。
「何か御用かしら」
柔らかい声が背中に掛けられて、二人は文字通り飛び上がった。
「おわ」
時宗丸が勢いで尻餅をつく。
「まあ」
蔦はそう言って転んだ時宗丸に駆け寄って手を差し出した。彼は照れくさそうにその手を借りて起き上がる。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
時宗丸が律義に頭を下げると蔦も会釈する。その角度が綺麗で、政宗はほうと一瞬見惚れた。すると、蔦は今度は政宗を見た。まっすぐな目に捉えられて、思わず政宗は背筋を伸ばす。蔦が首をかしげた。
「……、伊達の若君?」
「どうしてわか……あ、眼帯か」
「それとお召し物も」
ふわりと蔦は笑って見せた。
なるべく派手ではないものを選んできたつもりだが、わかるものには判ってしまったらしい。年相応の詰めの甘さだが、政宗は内心自分自身に肩を落とした。
「それではこちらは……」
「実元叔父貴の息子だ」
「では時宗丸様ですね」
呼ばれて、時宗丸は照れたようだった。
「知ってるの?」
「もちろんです」
「叔父貴が有名なだけだろ」
政宗の指摘に蔦は苦笑し、時宗丸はなんだーと軽くすねて見せた。
「で、アンタは矢内のところの娘さんでいいんだよな」
「ええ。蔦と申します」
と再び蔦は頭を下げた。顔をあげると、蔦は不思議そうに言う。
「それにしても、お二人ともここで何をしておいでなんですか?」
媚びるようにではなく、ごく当たり前に聞いてくる。政宗はなんだかそこが気にいった。
「Ahー,それはな」
政宗は言い淀む。正直に言ったものかどうか。別段隠すことでもないような気がするが。
「小十郎のお嫁さんがどんな人かと思って」
その間に時宗丸が正直に答えてしまった。政宗はガリガリと頭をかく。
「まあ。それだけのために?祝言の後なら呼びだすだけで十分ですのに」
「それじゃまだ先だからな」
政宗がそう言うと、左様ですか……と蔦は不思議そうに言った。
不思議そうな表情をおさめると、不意に蔦はすっと背筋を伸ばした。
「さて、お二人とも、このようなところにいらっしゃってはいけませんよ。お送りしますから、お城へお戻りください」
蔦の表情がわずかに厳しくなって、二人は目を見開いた。
「せっかく出てきたのに〜」
時宗丸がそう言ったが、蔦は断固として首を振った。
「いけません。城下は意外に危険なんです。さ、あちらがお城ですよ」
意外な押しの強さに思わず負けてしまい、二人は城へ向かって歩き出した。素直に従った二人にそっと息をついた蔦に政宗は気づいて、内心で「なにやら小十郎に似ているようだ」と思ってしまった。

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