はなだより 蛇足な話

去りゆく主の馬を見送った佐藤三兄弟は顔を見合せて笑った。
「蔦はいるか、だって。初めてだな、殿がまず奥さまを探したの」
「左衛門君が生まれてから殿も我慢してたところあるからなぁ」
下の弟たちが口々に感想を言い合うのを定郷は手を挙げて制した。
「そういう話は中でやれ……。秀直は厩番にいつでも殿と奥さまが戻ってもいいようにしていろと伝えて来い」
「はい、はい」
一番下の弟が身を翻したのを見て、定郷は標郷を伴って屋敷に戻った。しばらく行くと、この屋敷の主の嫡男左衛門を抱えて右往左往する小十郎の義弟にして家臣の矢内信定と出くわした。
「ああ、二人とも。姉上を知らない? 左衛門、泣きながら手拭い咥えて表まで出て来ちゃったんだ」
良く見れば、片倉家の嫡男は顔に涙のあとをつけ、泣き声を上げると怒られると思っているのか手拭いをぐっと咥えて我慢の表情をしている。
叔父の腕に抱かれていくらか落ち着いた様子も見えるがやはり母が恋しいのだろう。目はきょろきょろと動いて母を探している。
佐藤の上の兄弟は顔を見合わせた。
「あー……、どうする、兄上。呼び戻して差し上げた方がいいかな」
「馬に蹴られて死ぬぞ」
「……それもそうだな……」
「う、馬?」
信定と左衛門が良く似た不思議そうな顔をした。定郷は苦笑して手拭いを口元から離した左衛門の頭を撫でた。
「左衛門君の父上と母上は、ちょっと一緒にお出かけになられたのですよ」
「おでかけ? さえもんは?」
「大切なお留守番ですな」
蔦が左衛門にかけた「武士の子」という摩訶不思議な呪文は一部の小十郎の家臣たちにも知られている。定郷がそれを暗示するように真剣な顔つきで言うと、左衛門は叔父の腕の中でしゃっきりと背を伸ばした。
「じゃあ、のぶさだおいたんも、さださとも、たかさとも、ひでなおも、さえもんのいうことをきかなければなりません! さえもんは、かたくらけのかりのあるじです!」
「はい若殿、なんなりと」
定郷が慇懃に、標郷が微笑みながら頭を下げると信定は甥を床へと下した。左衛門はピンと背筋を伸ばして主の顔をつくる。
「みんなはおしごとします! さえもんは……さえもんは……」
「標郷は手が空いておりますから、若殿に軍記物を読んで差し上げます。古今東西の英雄・英傑について一緒にお勉強いたしましょうか」
「うん!」
標郷がそう言うと左衛門は大きくうなづいて、手拭いを振りながら向こうへ勇んで歩んで行った。標郷はその後ろに歩幅を小さくして従った。
それを見送りながら信定が残った定郷に対して口を開いた。
「で、姉上と義兄上は何処に?」
「桜を見にいかれました」
「桜だって? まだ咲いてないんじゃないか?」
「少し先に咲いているようなんです。殿がどうしても奥さまに見せたかったようで。所謂、政宗様のおっしゃる、南蛮語の、で、でー……で」
「でぇと?」
「それです」
「南蛮語は便利だなあ、夫婦とか男女で一緒に出掛けるっていうのが一言で言えるもんなぁ」
信定はそう言った後、「さて左衛門の言うこと聞いて仕事しなければなぁ」と言った。それにおかしみを誘われて定郷は笑ってしまった。だが信定は気にした風もなく、蔦と、どことなく左衛門に似た横顔を定郷に見せながら自分の持ち場へと戻っていったのだった。定郷はそれを見送った後
「殿の一番は政宗様、奥様の一番は左衛門君、か。梅が春の先鋒だとすれば、ご夫婦にとってお互いは桃か桜か……」
などとブツブツ言った後、己も左衛門の言に従ったのだった。

(了)

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2011年4月5日初出 2011年4月17日改訂
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