『気まずいのは男だけ 〜息子はまだ勘定に入りません〜』


暑かったから魔がさしたんだ、と思う。
「……片倉さん、何してんの」
例年にない猛暑。しかもそれが日が暮れても続く。ふらっと入ったコンビニで前田慶次がその日のレジ担当だったから運が悪い。会社帰り、鞄を小脇に抱えて小十郎が呼び掛けられたのは雑誌コーナーだ。
「前田。バイトか」
「そうそう。ってそうじゃなくてソレ」
ピシリと慶次が指さしたのは小十郎の手の中にある雑誌である、というか手をかけたページである。
「……」
「……さすがに、袋とじは開けないでくれるかな」
「買うから」
「毎度あり!……、ってそこ男前にさらっと言いきらないっていうかそうじゃない!」
即断即決したというのに何が問題があるんだ、と小十郎は開き直って雑誌を閉じた。
「片倉さんも興味あるんだ、そういうの」
「五月蠅えな」
「いや、オレなんか安心しちゃった」
語尾に音符がつきそうな勢いで言われて、小十郎はさすがに憮然とした。フォローのつもりなんだろうがまったくなっていない。
そこへ、ピンポーンと来客を知らせるチャイムが鳴った。入口を振り返れば、今しがたかすがが入って来るところである。
「あ、かすがちゃん!」
「ああ、前田慶次か。ちょっと荷物を出したいんだが」
と言いつつ、かすがはドアが閉まらないように手で押さえている。外は熱気で蒸していると言うのに、どうしたことだ。冷房が無駄になる。
「……?」
店の中の男二人が首をかしげる。
「ありがとうございます」
そこへ第四の声が響いてさすがに小十郎は固まった。
「いや、赤ん坊を抱えてるからな。あたりまえのことだ」
かすががドアを手でとどめていたのは、赤ん坊を抱えたひとりの夫人のためであった。赤ん坊は小十郎の息子、左衛門で、夫人はもちろん小十郎の妻、蔦である。
「あ」
固まった小十郎と蔦の姿に気付いた慶次が背中に(隠し切れていないが)小十郎を隠して後ろ手に回した手をひらひらさせた。渡せ、ということだと解してそこに雑誌を載せる。慶次はしっかりとそれを受け取った。その通りだったらしい。
――なんというか気が利く男だ、小十郎は妙なところで感心してしまう。
「あら、小十郎さま」
「お……おう」
明るく言った蔦がよいしょと左衛門を抱え直した。
「今お帰りだったんですね」
にこにこという妻に内心冷や汗をかいているうちにさっと慶次はレジへ向かい、かすがの荷物の処理をしはじめた。
「買いものに出たら、途中で左衛門の麦茶が切れてしまって」
「それで、コンビニ」
「ええ」
蔦は屈託なく言う。
「あいしゅー! あいしゅー!」
そんな蔦の腕の中で左衛門がしきりに主張する。蔦は困ったように息子を見つめる。
「あらまあ、アイスなんてどうしましょう。お父上が良いっていうかしら」
その言葉にまっすぐ純粋に見つめてくる息子とにこにこと笑う妻。小十郎は思わず目を逸らした。
「夕飯に……支障ないくらいならいいんじゃねぇか」
左衛門が歓声をあげた。
妻と息子がアイスと飲み物を探しに行った隙にかすがが去ったレジへ向かうと、慶次が耳打ちしてきた。
「615円」
渡すと、さっと物品が出てきた。
「さっと鞄にしまう!」
「わかってるッ」
そして鞄にそれが隠れて慶次がため息をつくのと
「ちちうえー」
と左衛門が言うのが同時だった。男が二人ぎくりとする。
「左衛門が父上もアイスをと」
蔦が少し大きめの声で言うので、小十郎も慌ててそこへ行った。
しばらく後、やや疲れたような慶次の
「ありがとうございましたー」
という声を背にコンビニを出る。
小十郎は荷物を積んだベビーカーを押し、蔦は左衛門を抱き、左衛門はアイスを舐めている。平和な光景である。
「暑いですねぇ」
「まったくだ」
「アイスが溶けてしまいますね。公園で食べていきましょうか」
「そうするか」
帰り道を少しそれると左衛門がお気に入りの公演がある。左衛門を挟んでベンチに座って、安っぽいアイスを三人で頬張る。暑くなけりゃ最高だな、と小十郎が思っていると、蔦が突然笑いだした。
「?」
「いえ、あの、……すみません」
そう言って口元を押さえる母に左衛門もアイスを食べるのを忘れて見上げる。
「ま、前田さまは良い方ですね」
笑いながら途切れ途切れにそう言った蔦に小十郎は眉を寄せた。
「まあお人よしだとは思うが」
蔦はまだ笑っている。
「あの、先日政宗様がいらっしゃって」
「政宗様が?」
「はい、左衛門に会いに来て下さって」
蔦はまだ笑っている。左衛門はそんな父と母の様子に飽きたのかまたアイスに集中している。小十郎は蔦の言いたいことがわからず首をかしげた。
「左衛門もいつか、袋とじの雑誌を隠すぞ、と」
「……。……!」
蔦の言ったことを理解した小十郎は思わず戦慄して立ち上がった。蔦の方はそれでついに耐えきれなくなったと見え、腹を抱えて笑いだした。
「あの、それで、政宗様、袋とじの謎の魅力について、語っておられて」
蔦が笑いつつ目元をぬぐうのを見て、よろよろと脱力しながら小十郎はベンチに座った。
「……そうか」
「はい、良くわかりませんが」
だから前田さまはとても良い方だと思います、と言う蔦はころころと笑っている。
バレてるじゃないか――と慶次を恨みかけて、小十郎はすぐにそれは八つ当たりだと気づいて、己にぐったりした。とりあえず、政宗様の方にはお灸を据えなければならないかもしれない、と思いいたってから息子の向こうで笑い転げる蔦を見る。至って楽しそうなだけで彼女に面倒な嫉妬などは見当たらない。
「左衛門もいつか」
「……そんなに笑うお前だったら心配いらねぇな」
「そうですか?でも掃除機をかけてベッドの下から出てきたらさすがに吃驚すると思います」
はーと息をついて呼吸を整える蔦を恨みがましく横目で見やって、小十郎は持ったままだったアイスを舐めた。蔦も笑いながらそれにならう。
その間で、左衛門が溶けだしたアイスに四苦八苦して左右の父と母に助けを求めた。蔦が息子の口元と手元をぬぐうのを見て、小十郎が
「……まあいいか、いやよくねぇ」
と小声でつぶやいたのは、本当に平和な、どうでもいい話である。

(おわり)

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Q. 何故バレたのでしょう。
A. コンビニの雑誌コーナーって外から見える位置にあるよね。
  あと蔦さんは隠し場所とか知ってます。たぶん。掃除中の不可抗力とかで。

2010年9月19日初出 2010年10月14日改訂 2011年4月17日再掲載
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