Amoris vulnus idem sanat, qui facit.
 其の参


そして風呂敷包みを背負って帰れば、迎えてくれた蔦が笑った。
「どうやら、逃げられないようですねぇ、せっかく仮病まで使ったのに」
「仮病?」
「重綱ですよ。様子が妙なので聞いてみたら仮病でした。後は部屋の前まで行かれればわかりますよ」
と蔦がころころと笑いながら言うので、小十郎は仮病ならば叱らねばならないと思いつつ自ら贈物をまとめて持って行ったやることにした。
そして重綱の部屋の前に辿り着いて――小十郎は絶句した。
部屋の前に、小十郎の腰の高さほどの贈物の山ができていたのだ。しかも裾野も結構広い。
ぽかんとしてそれを見ていると、内側から障子が開いて重綱が顔を出した。
それから息子はあっと衝撃を受けた顔をする。
「父上! なんでもらってきちゃったの!!」
小十郎はため息をついて、城から持ち帰った重綱への贈物を山の標高に無言で足した後、息子を部屋の中に押し込んだ。
息子は観念したかのように父の前できちんと正座をした。だが背筋がすっかり猫のように曲がっている。
その前に胡坐をかくと小十郎は腕を組んだ。
「あー……まず仮病だが」
どれから述べたものか迷って小十郎はまず仮病について叱ることにした。
「どうしてそんなもの使った」
「はい。……だって今日はとっても嫌な日だったからです」
「は?」
小十郎は思わず聞き返してしまった。すると息子はじんわりと目に涙をためて訴え始めた。
「だって去年は、たくさんの人に色んなものをもらったけど、僕はその誰もべつに好きじゃなかったから、母上の言う通り一人ずつにごめんなさいって言ったんだ。でもそしたら、みんな泣くんだよ。母上は、僕は悪いことしてない、むしろいいことをしたってずっとあとになったらわかる、って言ってくれたけど、なんだか色んなところがずきずきして、ヴァレンチヌスの日の後はすっごく嫌な思いをしたんだ」
「……」
「だから、今日はすっごく外に出たくなかったんです」
「……外に出なければ贈物は来ないと思ったのか」
「……はい」
息子は真剣に泣きそうな顔で言う。だがその様子に何故か小十郎はジワジワと笑いがこみあげてきて、しばらく俯いてそれと格闘したが、結局盛大に吹き出してしまった。
笑いながら息子を見れば、重綱はひどく衝撃を受けた顔をしていた。
「父上――僕、僕、本当に嫌だったのに! ひどい!」
「いや、すまん、悪い」
だがそれでもこらえられずに声を挙げて笑ってしまうと、息子は何が口惜しいのか哀しいのか床に突っ伏して泣き始めた。
笑いを収めつつそれを眺めた小十郎は、確かにこの年頃だとおなごは色気づいていた気がするがおのこはそうでもない、と言うことに思い至った。
可哀そうに重綱は元服したとはいえ性根がまだ子どもである。色恋よりも友達と遊んだり、稽古をしたりする方が大事なのだ。そして蔦に似たのか、心優しいところがある。それで去年痛めなくてもいい胸をたいそう痛めて、今年は仮病を使ったのだ。だがその子どもなりの配慮はすべて無に帰した。女の方が上手で強かだったのだ。
小十郎ははあ、とため息をついてポンと突っ伏す息子の頭を撫でた。
「しかし、仮病は悪いことだ。父も母も心配したんだ。お城には暇をもらったし」
その言葉にぐすぐずと泣きながら重綱が顔を挙げた。
「はい。ごめんなさい」
「あのなぁ、男だったら泣くんじゃねぇ。重綱はもう武士の子じゃなくて武士だろう?だったら猶更だ」
小十郎が言うと、重綱ははっとした顔をして涙をぬぐい、きちんと座りなおして背筋を伸ばした。
それを見て小十郎も胡坐から正座へと姿勢を変える。
「いいか。お前が本当に男で武士なら、事とはちゃんと向き合わなきゃならねぇ。好いた女がいないなら、きちんと断る。母上が言ったのは正しいことだ」
「はい、変な期待を持たせるのが一番悪いって母上に言われました」
小十郎はうんとそれに頷いた。
「もしお前が武士で一人前なら、きちんと事に対処することだ。何も全部直接断らなくていい。文の子には文で返事してもいいだろう。うやむやにするなよ、いいか」
「――はい」
やや肩を落としつつも重綱はしっかりと返事をした。それにしても、と小十郎が呟く。重綱が父を見た。
「お前、これはとても贅沢な悩みなんだぞ。成実なんか、お前のことが羨ましくて裏切り者って叫んでたぞ」
「えっ」
言われて重綱はオロオロと視線を動かした。重綱にとって成実は元服の時の烏帽子親であり、大事な兄貴分であるのだ。その人に裏切り者呼ばわりされて、重綱は明らかに動揺している。
「ど、どうしよう、僕……」
やはりこの年頃の男には、女よりも同性の友達や兄貴分が大切らしい。
「いや、気にするな。一種の冗談みたいなもんだ」
「ほんとうですか?」
「ああ、明日にはケロっとしてるさ」
重綱は半信半疑と言った感じで父を見ていた。そんな息子の髪をくしゃくしゃと撫でた後、小十郎は顔を引き締めていった。
「ところで、仮病のことは母上には謝ったのか」
「あ、まだです」
小十郎がため息をつくと、あっと息子がまた声を挙げた。
「母上、なんだか具合が悪いみたいです。お昼はあんまりめしあがらなくて、めしあがったと思ったらすぐに吐いてました。……どうしよう」
「――なんだと」
先ほどの蔦にその様子がなかったので小十郎はさっと青ざめた。重綱は重ねて言う。
「お医者さまを呼びにやったんですけど、しばらくしてお医者さまが母上の部屋から出てきたら、にこにこして大事ないって言って帰っちゃいました」
小十郎はその言葉に頷いて、息子に一言二言締めの言葉を投げてから妻の元に向かった。

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