縁談
 其の五

蔦が選んだのは、城下の町から少し離れた田んぼと畑の連なる道だった。
「人の多いところは少し苦手で」
そう言う蔦としばらく無言で歩く。不思議と苦痛ではない沈黙だった。
「片倉様、何かお話があったんでは?」
言われて蔦を見れば、珍しく目が合わなかった。
「いや、……政宗様が会ってこいと」
馬鹿正直に言ってしまい、さすがに小十郎も後悔した。遊び女ならともかく、こう言う状況は初めてだ。どうしていいかわからない。くす、と蔦が笑う。艶然としているのではなく、どこか素朴な笑顔を見ると目が離せなくなる。
「片倉様らしい」
「あ、いや……」
「すみません、先日会ったばかりの方に」
「いや」
――単語しか話せなくなっちまったのか、俺は。
そう独り心の中でごちて、ため息をつく。
「片倉様、破談のお話ならなれております。父には私からなんとか伝えますので――」
「違う!」
反射的に腹の底から出た声に蔦も自分もびっくりして、時が止まる。目をぱちくりさせる蔦に申し訳なくなる。
「も、申し訳ない」
「いえ、一寸びっくりしただけで」
同時に二人でため息をつく。片方は安堵で、片方は自分への落胆だ。それにまた蔦が笑い、小十郎もつられた。蔦のかけ値のないその笑みに、ほっとするものがこみあげてくる。
「会ったばかりの方に、こういうのもなんですが」
小十郎は蔦と向き合った。改まった口調で続けるか考えて、小十郎は選んだ。
「俺は、政宗様のために死ぬ覚悟ができている。自分で死のうとは思わないが、求められれば死ぬ覚悟。家も己も顧みる気はない。もともと身一つ以外何もなかったからだ。そんな者を伴侶にすればロクでもないことになる」
蔦はまっすぐ見つめてくる。小十郎はしっかりと視線を返し、続けた。
「それでよければ、この話を続けさせていただきたい。もし、少しでもだめだと感じるのならそちらから破談にしていただきたい。不自由はさせないが、幸せにしてやるとは誓えない」
蔦は目を逸らさない。
「よく考えてほしい」
言えば、こくりと女が頷いた。


小十郎が好きな目がある。それは覚悟の座った目だ。蔦の目はまっすぐ小十郎を見返してくる。蔦のその目がそれだった。おそらく初めからそれに惹かれたのだろうと思う。幸せは誓えないが、不幸にもしたくない。断ってくれればいい、そう思いながら過ごした――数日後。


「おい小十郎、父上が呼んでるぞ」
政宗がやってきてそう言った。
「は?殿がですか?」
「そう言ったろ。俺にも来いとさ」
そう言って政宗は先に行ってしまった。慌てて筆を置き、足早に駆け付ければそこには政宗と輝宗、そして矢内重定がいた。
「――」
「小十郎、どうした、座れ」
輝宗に促されて小十郎は重定の真正面に座った。重定は真剣な面持ちをしており、小十郎は覚悟した。
「片倉殿」
「は」
「娘をよろしくお願いいたしまする」
「はい――は?」
深々と頭を下げた重定につられて頭を下げかけ、小十郎ははたと思いとどまる。やや混乱して輝宗の方を見やれば殿は笑っている。
「やれやれだぜ」
「これ政宗。はは、小十郎、どうやらアテが外れたようだな」
輝宗の笑い声に顔をあげた重定の顔も笑っている。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているのは小十郎だけだ。
「では蔦殿が――よい、と?」
「それ以外に何があるんだ」
「娘から文を預かっておりますゆえ」
重定の差し出したその文を開けて、眺めれば小十郎の表情は本人も気づかぬうちにゆるゆると変わっていく。政宗がその様子に瞠目して、父に言った。
「小十郎のこういう顔を見るのは初めてです」
「おお、儂もだ」
からからと笑う輝宗につられて政宗も声をあげて笑った。小十郎はそれに気づかず、飽くことなく蔦からの文を眺めている。


そこにはこうあった。
『覚悟は決まりましてございます。
 片倉小十郎景綱さま つた』

(了)

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2010年9月6日初出 2010年9月11日改訂
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