名前が鶴姫に自分の気持ちをダイレクトに分かった時のこと。あまりにも興奮してて両者ともに声が大きくなっており、気付いていなかったが1人、それを耳にしてしまった人がいた。
「………へぇ、だからここ最近鬼の旦那と一緒にいたんだ。これは、調べる価値があるかもねぇ」
密かにバスケ部のレギュラーが聞いていたことは誰も知らないのだった。
‥‥ ‥‥ ‥‥
期末考査も無事終わり、学校は少しばかり雰囲気が明るくなった気がする。
テストが終わったからでもあるが、きっと、この9月に学校のイベントがあるからだろう。
「おめぇら、テストで疲れてるのは分かっているが、今日は文化祭の役員を決めるぞ」
担任の片倉先生の声でハッと我に返る名前。名前はこのテスト期間から昨日までのことで頭がいっぱいになっており、文化祭どころではなかった。
鶴姫に言われて気付かされた自分の気持ちと、これからどうすればよいのか分からない気持ちでごちゃごちゃしていた。
元親が好き、恋……たった数日で随分と変わったものだ、と名前は思った。
実は名前はあのテスト3日目の出来事以来、元親とは話していない。鶴姫に何度も催促されたが、結局一歩踏み出せないまま今に至っていたのだ。思わず名前は外を眺めながら溜め息を吐く。
「誰か役員やる奴はいねえか?クラスで男女1人ずつは必ず選出しなきゃならねぇんだが」
「せんせー、役員って何するんですかー?」
「用は文化祭の全体の準備をする準備設営ってやつだ。1年のときもしたやついるだろ?」
「そうだっけ?」
「オレしたことないから分からんけど、確か面倒な作業だったって知り合いが言ってた」
ハァと一つ溜め息を零すが、片倉先生はまたクラスに催促する。
「……とにかく、誰か役員やるやついねぇか?」
だが、それでも手を上げる人はいなかった。理由はただ一つ、面倒だ。これほどまでに悪い意味での丁度良い理由はないだろう。
そんな中、ガタリと音を立てた人がいた。その音は名前の隣から聞こえた。が、当の本人は相変わらず馬耳東風。文化祭など上の空だ。
「俺がやろっか?皆やらねぇんだったらよ」
「ほお、珍しいな長曾我部。だが、男子バスケ部はいいのか?大会近いだろ?」
「それとこれは別ってやつだぜ!祭りってのは楽しんでなんぼだろ?」
ニッと元親は片倉先生に笑いかけると、片倉先生もまたフッと静かに笑う。これで役員の男子は決まったわけだ。
残るは女子の役員のみだった。片倉先生が黒板に「文化祭役員・男子→長曾我部」と書いている間に、クラスの女子が「長曾我部くんとならやろっかなぁ」と少し甘い雰囲気を出しながら会話をしていた。だが、面倒なのはごめんといった具合なのか、なかなか女子の手は上がらなかった。
「名前ちゃん。名前ちゃん!」
「はぇっ!?ど、どうしたの?鶴ちゃん」
今までのことを聞いてなかった名前はどんな状況なのか全く把握出来ていなかった。名前の前の席にいる鶴姫はムゥと頬を膨らませて名前に言う。
「海賊さんが文化祭役員になりましたよ!あとは女子1人決まってしまえば役員決まっちゃいますよ?!」
「………え、それがどうしたの?」
「どうしたのではありませんよー!!」
小声だったが、鶴姫は今にも机を叩いて前のめりになって名前に乗りかかろうとする勢いで言う。名前は何が何だか分からず、とりあえず黒板のほうを見れば文化祭役員の男子が元親に決まっていたことに今更ながら気付くのであった。
「名前ちゃん!これはチャンスです!!これを逃せば海賊さんとお話出来なくなっちゃいますよ!それでもいいのですか!?」
「あっ…………」
名前は鶴姫に元親が好きと気付かされた日に全てを話していた。だが、それを聞いた鶴姫はこのままでは危ういと感じたのだ。
何せテスト期間の日にたまたま日直が一緒になり、たまたまノートを忘れてばったり会った。そう、名前は”偶然”に元親と会って話していただけなのだ。この”偶然”がずっと持つかと言えばNOだ。
だからずっと鶴姫はここぞとばかりに名前を元親と一緒に話させようと催促させていたのだ。
名前自身もやっと気付き、これではいけないと少し焦った。今でもこんなに話したいと願うのに、今まで話さなかった。
名前は話そうと思えば話せる距離なのだ。何せ席が隣同士だからだ。
「確かに今じゃなくてもいつかはまたチャンスは来ます。ですが、その”いつか”っていつ来ますか?」
名前は鶴姫の言葉を聞いた瞬間、ガタッと勢いよく立つ。そのせいで何が起こったのかとクラス全員名前の方を向く。もちろん、既に立っていた元親も名前の方を向く。
今しかない……今しかない……!
胸の音が激しくなり、緊張は頂点に立った名前は呼吸を整えることを忘れる。だが、今言わないとこれから後悔すると思った名前は一心に言葉を紡いだ。
「あのっ……わ、私が…!私が役員します!!」
こうして、黒板に書かれたのは元親と名前になったのだった。