あのとき感じたものは何だったのだろう。名前はずっと考えたが、それが分かるはずもなかった。
 ただ、彼が笑ってくれたとき、胸の奥が高鳴り言葉が出ないくらい嬉しかった。また笑った顔が見てみたい、バスケのことを話していた時に見せたあの輝かしいくらい楽しんでいたあの顔を見てみたい。
 だが、次の日の日直は後ろの席の人に回るため、今日の日直は名前と元親ではない。たかが日直でこんなに悔しい思いをするのは、多分人生初であろう。









「なんだか、残念だなぁ」









 苦笑いをこぼしながら名前は言う。だが、時間というものは考える時間を与えてはくれない。
 期末考査3日目。始まりのチャイムが鳴り、名前は大慌てで教科書とノートを読み返し、先生に注意されるギリギリまで見ていた。




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 その日の放課後。名前はテスト日に提出しなければならなかったノートの出し忘れに気付き、鞄を教室に置き、ノートを職員室まで持って行った。今日はボーッとしすぎてるなぁと自身にダメ出しをする。
 教室に戻り、鞄を取ろうと入ると、何故か部活のユニフォームを着た元親がそこにいた。自分の机を漁っていたのだ。









「あれ?どうしたの、長曾我部くん。部活もう始まっているでしょ?」
「あ?あぁ、名字か。いや、ちと明日のテストに出てくる範囲が書かれてるノートを忘れててな。名字こそ、もう帰る時間だろ?」
「あはは……実は私、今日提出しなきゃいけないノートを提出し忘れてて、職員室に行ってきて戻ってきたところなの」
「え、マジで?それはヤバかったな」
「だよねぇ」








 ハハッとお互い笑ってしまった。名前は、違う意味でノートを互いが忘れていたが、こんなことってあるんだなぁと少しこの時間に感謝した。
 そんなことを話しているうちに元親は探していたノートを見つけ、部活に戻ろうと名前に挨拶をする。








「んじゃ、俺戻るわ」
「あっ……うん」








 名前はここでまた終わったら今日のようになってしまうのではないかと思った。なら、もっと彼と話していたい。そう思い、彼女は元親を呼び止めた。








「あっ、あの!」
「んあ?どうした?」








 昨日のようにまた素直に振り向いて立ち止まってくれた元親。名前はそれさえも嬉しくなり、高ぶった感情のまま元親に言う。








「えっ、えと!その……ば、バスケ部の見学行ってもいい、かな?」
「え?」
「あっ、えと!め、迷惑なら別にいいの!その、昨日長曾我部くんが楽しそうに話してたから、どんなのか見てみたくなったというか……えと……」








 しどろもどろになりながらも名前は自分の感情をそのまま元親にぶつけた。
 元親は少し驚いたように目を見開いていたが、すぐにそれはなくなり、ニッと笑って名前に「大歓迎っ!」と笑った。






‥‥‥ ‥‥‥ ‥‥‥






 場所は体育館。しかし、今使っている部は男子バスケ部しかいない。普通ならテスト期間中に部活等はないが、男子バスケ部は全国大会が迫っているため、特別許可をされているのだ。
 しかし、名前が体育館にやってきた光景は自主練習の感じだった。少し意外だと思いながらも、元親の後に続いて体育館に入っていく。







「練習試合とかするもんだと思ったけど、違うんだね」
「あぁ、今さっきまでしてたんだぜ。けど、今はやめて個人の基礎能力上げっつーの?そういうのをやってんだよ」
「へぇ」
「だから練習試合終わったらその後は帰ってテスト勉強してもいいし、自主練しててもどちらでも構わないんだ。大会に出るヤツは殆ど残ってやってるけどな」








 元親は話ながらノートを壇上の上に置き、バスケットボールを取った。今から自主練をするのかと思っていた矢先だ。







「名字ー」
「え?……っ、うわわっ!」







 急にボールをこっちに向かって投げたのだ。名前は驚いて、何でこっちに渡したんだろう、と少し驚いて元親に聞く。







「何で渡したの?」
「見るだけってのは面白くねぇだろ?俺はそうなんだが、実際にやって見たほうが楽しいと実感すると思ってよ。ほら、パスしてくれよ」
「え、ど、どう……?」
「胸の前にボールを置いて、手はボールを押し出す形で手前に置く。そんで、思いっきり俺の所にボールを押し出す感じで渡してみろよ」







 名前は元親に言われるがままボールを持って構える。そして、そのボールを押し出すように投げた。そのボール真っ直ぐ行き、元親の手のひらに届いた。







「うめぇな!名字って何部なんだよ」
「演劇部だよ」
「マジで?バスケ初めてか?」
「うん、初めて」
「初めてでこれは上手すぎだろ。ハハッ」







 バスケ部入れよ、と冗談混じりで元親は笑った。名前は無理だよ、と笑って返事をした。

 あぁ、まただ。まるで、とても欲しかった物を手にした時と同じ感覚。心の底から嬉しさがこみあげてくるこの感覚。
 初めての感覚ではないが、誰かが笑ってこの感覚になったことはなかった。なのに、彼が笑っていると不思議と歓喜が心の底から沸き上がる。



 この気持ちは、何なのだろうか?


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