「はい、それじゃあこれから通しいくわよー」
「「「はーい」」」






 今日の演劇部は部室で最後まで話をするというものだ。演劇部の顧問は校長の奥さんと噂になっている濃姫先生。孫市と同じ……いやそれ以上くらいに美人で何故この高校は美男美女がこうもまぁ揃うのだろうかと不思議でならない、と名前は思うのだった。






「名前、練習してきたか?」
「あ、孫市ちゃん。もっちろん!私、ちゃんと練習してきたよ!」






 フンスッと鼻を鳴らして自信満々で言う。それをみた孫市は笑って名前の肩を軽く叩く。






「そうか、それは頼もしいな。徳兵衛も頑張らねばならんな」
「孫市ちゃんは十分でしょー」
「演技に十分なんて言葉はないぞ、名前」






 そういって微笑む孫市の顔は「かっこいい」の一言がすごく似合っており、名前は思わず「徳兵衛さんカッコイイ!」と言えば「まだ始まってないぞ」と孫市は笑う。
 しかし、名前は不安があった。まだお初の役になりきれないことだ。原文で読んで入れと言わんばかりのそれはなかなかに難しいものだ。そして何より覚えづらい。心の中ではどうしようと悩むものの、顧問に名前を呼ばれる。






「名字さん、雑賀さん、用意してね」
「了解した」
「はっ、はい!」






 これが初めて役をとったわけではない。だが名前は変なプレッシャーとどう感情に出せばよいのか、その不安が押し寄せた。そこでもう一度台本を読み直そうと歩きながら位置につこうと思い、台本を開ける。
 孫市がそんな名前を見たのは位置についたとき、まだ名前は台本にしがみついたままゆっくり歩いていたのだ。






「……名前、どうした」
「……………」
「名前!」
「はっ、はい!」






 先ほどと打って変わった感じだったので孫市はどうしたんだ?と聞くが、また名前は台本にしがみついていた。これでは部長としての面目がたたないだろう…と溜め息を吐いて台本を取り上げる。





「あっ……!」
「どうした、名前。先程の勢いはどこにいったんだ。練習してきたのだろう?」
「だっ、だって覚えるの苦手で……」
「今までだってそうしてきたのを忘れたのか?」






 他の部員たちも部長の名前の様子を見て何かおかしいと感じてざわつき始めた。覚えていない、にしてはがんじがらめに部長らしくなく見ていたからだ。
 すると顧問の濃姫先生が近くに行って名前に聞く。




「どうしたの、名字さん。今日はただ通しでやるだけなのよ?台本も持って読んでいいというのに」
「で、ですが先生!今回は難しいですし、その……まだお初の気持ちが掴めてなくて……」
「あら、そういうのは演技を通して覚えていくものって最初のほうに言わなかった?」
「うっ……そ、そうでした…」
「それに何も原文でして、と言ってないから、あなたなら出来るわよ」
「はい……………え?」






 名前は思わず「はい」と答えてしまうが、濃姫先生の一言を思い出す。


『原文でして、と言ってないからあなたなら出来るわよ』



 今まで名前は”原文”でしてきた。だが、台本には原文意外何も載っていない。まさかと思い、少し青ざめながら濃姫先生にある質問をする。






「せ、先生………これ、原文だけしかありませんよ……?もしかして…………訳すってことですか…?」
「私確かに国語の教師だけど、そこまで鬼じゃないわよ。普通に現代語訳あるわよ?」
「えっ!?ど、どこにですか!?」
「ここだ、名前」






 孫市が名前から取り上げた台本を広げて指を指す。そこは原文の横に書かれており、原文は括弧(かっこ)付けで書かれていた。
 つまり、名前はその括弧付けのところをずっと読んでいたのだ。






「うそおおお!!?」
「嘘じゃない。ちゃんと台本の始めのほうにも現代語訳ですることって書いてあるぞ」
「えっ、どこ!?」






 そう伝えれば孫市はページの始めのほうを開き、また指を指す。そしてそれを名前に見せる。
 確かに「現代語訳ですること」と書いてある。だが問題なのは───






「ち、ちっちゃい……」
「ど真ん中に書いているだろ」
「よくみんな見えたね!?」
「「「普通に見えましたよ」」」
「ふええ……」






 部員にツッコまれて何も言えなくなったが、名前の中で何かの安心感を得た気がした。






「名前だけ原文で練習してたことになるが、演技は大丈夫か?名前」
「たぶん大丈夫だよ。原文じゃなかったら………多分」






 少し自信なさげに笑えば孫市は「頼りにしてるぞ、お初」と元気づけるようにまた肩をポンと叩く。この行為にまたカッコいい…と心の中で思ってしまった名前であった。
 ふと、その言葉で思い出し足を止めて言葉にする。






「……長曾我部くんに悪いことしちゃったなぁ…」






 苦笑するものの思い出すだけでそれは笑顔になってしまう。不謹慎だが、今度練習相手してくれるときは現代語訳の方でお願いしないとな、とまで思ってしまっていた。






「名字さん、始めるわよ」
「はい!」






 とりあえず、今までの練習を取り戻すことに専念しようと思った名前であった。

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