文化祭も近づくと自然と学校は活気づいていくもので、文化部である我ら演劇部に至っては活気づくを通り越している。
もうそれは闘争本能が働いているんじゃないかって思うほどの精神状態。でもきっとそれは文化部であるゆえの理なのだろう。





今日の部活は体育館に置く舞台『曽根崎心中』のセットの作成がメインらしい。
大掛かりなものになるので演劇部員一同で取り組まないといけないのは仕方ない。キャストもスタッフも関係ない。全員でやる。
これがうちの部活のモットーだ。


「孫市ちゃん、そこの木材取って!」
「もしかしてこれを一人で外まで持っていくつもりか」
「大丈夫、大丈夫!これでも最近鍛えてるんだから」
「いや、無理だ!」


だいたいは夏休みに部活が始まってから作り始めていたから、できているものは多い。しかし、いざ体育館の舞台を借りて、だいたいのセットを並べてみれば補強がいるところが見つかったり、背景の幅が足りていなかったりといろんな課題が見つかる。
そして、その課題を見つけてはみんなで焦りながら、着々と作業を進める。

楽なことじゃない。むしろ大変だ。だけど、その時間がすごく好きだった。


役をもらったのは初めてなわけではない。
だけど、役を演じるのに毎回初めて役をもらった時のような気持ちになる。
たぶんそれは一からみんなで作り上げて、その一から作った舞台で、演じられるからだろう。


今こうやってみんなで作り上げてる感じが好き。


「こんなのも今年までか…」


先輩が引退してから、部長を引き継いであっという間だった気がする。気付けば私の引退も目の前だ。

…だからこそ。
だからこそ、今回は今までよりも気を引き締めなきゃいけない。
きっと私の最後の見せ場になるだろう。


そんなことを考えていたら既に外が薄暗くなっていた。時刻は既に6時。
最終下校時刻にも近づいていて、作業していた部室を、更に言っては借りた体育館の舞台も片付けなければいけない。
幸いにもセット自体は置いたままでいいと言われたので、大きな労力はいらないだろう。


「じゃあ演劇部は体育館から撤収して、部活終了目標時刻6時半!
 ここから数人部室戻って部室片付けて、それで残った私たちは体育館の片付け。今日バスケ部わざわざメニュー変えて体育館使わせてもらったからバスケ部に会ったらちゃんとお礼言ってね」
『イエッサー!!』


体育館に来ていた部員を召集させて、各自が再び作業に戻る。
私も戻ろうとした折に、孫市ちゃんが私のもとに来た。


「先生がせっかく舞台借りてるから部活終わったあとしばらくは練習してもいいと言ってたぞ。とは言ってもお初と徳兵衛役に限られるらしいが」
「本当?ちなみに孫市ちゃん今日残れる?」
「あー、今日は悪いが無理だ。名前は?」
「うん、今日別に何も予定ないから練習するよ。孫市ちゃんの徳兵衛に釣りあえるよう頑張るよ」
「そうか、期待してる。私も今日は無理だが、しっかりお初を惚れさせられる徳兵衛にならなければな」


ふっと笑う孫市ちゃんがかっこよくてまたもや役が決まった時のように、惚れてまうやろーーーっ!!!と叫びたかった。むしろ既に惚れてますと叫びたかった。




その後なんとか目標時刻の6時半に撤収することができた。そして、解散して一人体育館に戻った。


『いつまでも。我とそなたは女夫星。 かならず添ふと縋り寄り(ずっと私とあなたは女夫星いつも傍にいて離れない)』


舞台の真ん中に立って、徳兵衛に縋り付くお初の初めの台詞。
誰もいないからだとはわかっていたけれど、意外と声が響いた。


『あやなや昨日今日迄も。余所(よそ)に言ひしが明日よりは我も噂の数に入(いり)。世に歌はれん (道理もわからないまま昨日や今日まで他人事と口にしていた心中だけど明日からは私達二人も噂話の一つになってそこかしこで歌われるわ)』


しばらく台詞を続けながら考えていたけど、愛する人との心中。
生きていては叶わなかった恋だから。
愛する人の濡れ衣を証明できなかったから。


役を演じている間にも何度お初が意志の強い女性だと思わされることか。
お初を演じるんじゃない、お初になるんだ…そう思っても、私はまだお初にはほど遠い。


『徳兵衛、徳兵衛…』


愛する人の名前を呼ぶだけで焦がれる恋なんてしたことがなかった。いや、まず恋なんてしたことがなかったに等しい。
やっと自分の気持ちに気付いたのも最近。

相手も優しい人で、前に進む勇気をくれる友達もいて。



「長曾我部くん…」


そう呟くだけで元気になれる気もする。
きっとそれは今の世を生きているから。


だけど、一昔前なら。お初と徳兵衛のような関係なら。
恋焦がれて、なかなか会えなくて、更には大好きな人が罪に問われて。名前を呼ぶだけで苦しい、だけど好きだという気持ちは止められなくてまた名前を呼ぶ。

想像するだけで、なんだか泣きそうになってくる。今はなんて幸せな世になんだろう。
好きな人を想って、いつでも会えて、元気をもらえて。


「…名字?」
「え、へ、あ、長曾我部くん!?」


一瞬幻でも見てるんじゃないかとも思った。だけど、肩を上下に揺らして呼吸を整えている姿は誰でもなく長曾我部くん。


「えっと、練習中か?」
「うん、せっかく体育館貸してもらえたから一人残って。バスケ部が譲ってくれたおかげで助かったよ、ありがとね」
「いや、いいってことよ。悪かったな、練習中に。部活終わって今日ここ演劇部が使ってたって聞いて気になってな」
「そっか」


長曾我部くんの名前を呟いて結構すぐに長曾我部くんが現れたものだから、呟いたのが聴かれてしまったのかドキドキしたけれど。だけど長曾我部くんの様子からは気付かれていないようだ。


「せっかくだし、見ててもいいか?」
「え…まだあんまり役掴めてないから」
「なら俺で良けりゃ練習相手になるって、こっちはど素人だし気持ち的にも楽だろ」
「………じゃあお言葉に甘えて続きのところからでいい?」
「おう!」


そう言って舞台に上がり込む長曾我部くん。足元に置いてあった台本を取り、ニッと笑う。ここまできて私に拒むことなんか出来る訳もなく、台本に書いてある演出通りに長曾我部くんに手を取られ、私から距離を縮める。

なんだかデジャヴな上に、二人きりだという分恥ずかしさが増す。
毛利くんの件の時と同様、長曾我部くんに心臓の音聴こえてるんじゃないかと思うほど。


「…この間も無意識だったとはいえこんなことしちまって悪かった」
「そ、それは、気にしてないから!たぶん!」
「ははっ、たぶんってなんだよ。じゃあやるか」
「うん」


長身の長曾我部君を見上げてお初の最期のシーンを演じ始める。


『なつかしの母様やなごりおしの父様や…(なつかしいお母様。名残り惜しいお父様…)』


一間空けて次の台詞を頭に思い浮かべる。


『はやはや殺して殺して(早く早く殺して。ねえ、殺して)』
『…心得たり(わかった)』


ここのシーンは前にも長曾我部くんが台詞を口に出したこともあり、スムーズに進む。だけど次が問題。
孫市ちゃんと女同士でするから入れられた、念仏を唱える前のキスシーン。
さすがにしないとは頭でわかってはいるものの、お初としてではなく、私自身として長曾我部くんがどんな反応をするのか気になってしまった。


台本を見た長曾我部君は一度目を丸くはするが、私の練習のためだと思ったのだろう。すぐに表情を戻した。
だけど、さすがに一応これは飛ばしてもいいと言おうとした時だった。長曾我部くんの手が私の頬に伸びた。


「…名字」


だんだん近づいてくる顔に私は硬直するしかできず、目も閉じられない。
すぐに止まる、すぐに止まる…そう頭では思っていても、顔の距離が数センチになっても止まらない。いよいよ、お互いの鼻まで触れたとき、私が持たず全身の力が抜けて一人へたりこんでしまった。


「ご、ごめん…長曾我部くん。私がへたってちゃ駄目なのに」
「いや、大丈夫だ。俺もちょうど台詞間違えたしな」


長曾我部くんが台詞間違えたっけ…?
何しろ顔が近づいてきたことでかなりの記憶が吹っ飛んでるし、その間の記憶もあまりないのが現状だ。わからないのも仕方あるまい。


「でも大丈夫か?体調悪いんじゃねえのか?」
「体調は大丈夫!」
「じゃあ続きからか?…言っとくが、ここのキスシーン。拒まねえならしちまうぜ」


やっぱりわかってて…。
でも、それって私が拒まないなら本気でしたってことで。するってことは私とキスしたくないことは………うわあああ、いやいや、私何自惚れてんの。
一度思いっきり自分で頬をぶって立ち上がる。
その行動に長曾我部くんは少し驚いた表情をするが、構わずに体勢を先ほどの状態に戻す。


「長曾我部くんの負担はできるだけ抑えるよ、ありがとう」
「…そうか、そりゃ残念だ」
「え?」
「え?」


長曾我部くんの言ったことを聞き取れなくて聞き返せば、私と同じように何かを言っていた本人でさえも不思議そうな顔をした。
その理由がわからずのこと、きっと私が聞いても意味はない。それならば、長曾我部くんの時間をわざわざ取っているのだから早く練習しよう。


『徳兵衛…』


最期の台詞である、愛した人の名前。
大好きだ、そんな思いを込めて。いつか自惚れられるようになりたい、そんな願いを込めて。長曾我部くんに向けて呟いた。


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