とうとうまわってきちゃったのか。
まだまだ先は長い思っていた日直までの期間、とうとう自分の番がまわってきた。
期末考査2日目という文字が書かれた黒板の隅に自分の名前を見つけてすっかり忘れていた自分を笑う。
でも教室に日誌やらプリントやらがない時点でみると今日の相棒、もとい長曾我部君も忘れているのだろう。
内心ホッとする。
テスト期間にまわってくるとは我ながら運が悪いなと思う。
これで運も実力のうちだとか言われたら立ち直るのに少し時間がかかるかもしれない。
それでも高2の期末考査、進級に支障がでたら困る。
運なんて関係ない、まったく関係ないって…只管に自分にそう言い聞かせながら足早に職員室へ向かった。
日誌、プリント、テスト一日目の提出物など教室に持って入るとその途端に長曾我部君がこちらを向いて目を見開いているところが見えた。
え、私見てるけど…何か変なの…?
もしかして背中に何か貼られてるとか…
そんなことあったら自分で気づくよね、普通。
それに長曾我部君には私の正面しか見えていない。
その時だった。
長曾我部君がズカズカと歩いてきてこちらと距離を詰めた。
「え、あ、おはよう」
「おはようさん。
名字悪い、俺日直だって完全に忘れてた…」
「…ああ、日直かー。
大丈夫だよ、もう朝の分はやっちゃったから」
どうやら私に日直の仕事を全部させたことを悪く思っているらしい。
元より男子が日直の仕事をするわけがないと勝手に自論を持っていた私は驚き半分、笑い半分。
「入ってきた途端に凄い目見開いてたから何が起こったのかと思ったよ」
「そりゃ悪かった。
あ、日誌全部書くから…本当悪かったな、朝から世話かけた」
「え、いいよいいよ。
私だって日直なんだし、って、長曾我部君!」
ぱっと日誌を取っていった長曾我部君を追いかけようとしたもののちょうど先生の「座れ」の一言で日誌は何事もなく長曾我部君の手に渡ったのだった。
日誌は長曾我部君が書く事になったけど他にも仕事はあるよね。
自分でもどうしてこんなに日直の仕事を考えているのかはわからなかった。
ただ、ちょっと嬉しかったんだろうね…こうやって手伝ってもらえたりするのが。
たぶん日誌なんて面倒なものの塊だという申し訳なさとかあるけれど。
そしてまあ、なんというか長曾我部君律儀に約束を守っているようで。
大会が近いらしくテスト期間というのに部活もあるらしく隣のクラスの…たしか、猿飛くん。
猿飛くんが長曾我部君に部活に来いと呼びに来たりもしたんだけど日直だからと一言言って先に行かしていた。
そしてその間私は黒板を消したりしていたんだけどどことなく罪悪感を感じることになったのだった。
「長曾我部君、黒板消し終わったし私が日誌書くよ」
「んなもんすぐに終わるから。
それに日誌まで書かなかったらそれでこそ俺何もしてねぇじゃねぇか」
「でも大会近いんでしょ?」
「たった数分だ、気にすんな」
そう言ってまた黙々と長曾我部君は日誌を書く。
私は私でなんだか先に帰るのも申し訳なく思って教室の鍵を確保して長曾我部君が書き終わるのを待つ。
「先に帰ってもいいんだぜ。
おまえさんを鶴の字が待ってんじゃねぇのか?」
「私鍵閉めするからね!!
鶴ちゃんには先に帰ってもらったし。
それにしてもテスト期間中も部活って大変だね、バスケ部だっけ?」
「おう、まあ大会近いからな。
今やっとかなきゃ勝てるもんも勝てねぇだろ」
確かに勝てない、そう思ったけれどよく考えたら勝つのが前提だという台詞。
自信満々なんだとなんとなく笑ってしまう。
「バスケって凄く走り回ったり、相手必死で抑えたり凄いね」
「バスケ好きなのか?」
「うーん…見るのは好きかな」
「プレイするのも上手くなっていきゃ楽しいぜ。
俺だってはじめは大した理由もなく部活に入ってたが追い越せ、追い抜けでいつの間にか必死になってんだからよ。
今じゃ楽しくて仕方ねぇな」
バスケの話をしている長曾我部君はどこか輝いている。
頑張っている人が好き、そう言う人は世の中にたくさんいるけれど私もどうやらその一人らしい。
今話を聞いていてとても清々しい。
私はバスケのルールやら歴史やらよくは知らないけれどずっと聞いていたいと思ってしまった。
そしてずっと話している姿を見ていたいと思ってしまった。
それでもタイムリミットは長曾我部君が日誌を書き終わるまでの時間。
私の思いは叶うはずがなかった。
「よっしゃ終わったぜ!
そういや俺たち中学から一緒のくせにこんなに話したの初めてだな」
「確かに、今頃初めて話したっておかしな話だね」
「そうだな。
じゃあそろそろ俺行くから」
「うん、お疲れー。
……あ、長曾我部君!!」
鞄と日誌を持って教室を出ようとする長曾我部君を何故か反射的に呼び止めてしまった。
素直に振り返ってくれるものの何も言うことをがなかった私。
「名字?」
何か、何か言わなきゃ…
焦ってしどろもどろになってしまったけれど。
精一杯の声を振り絞る。
「あ、あの、部活っ…頑張ってね」
「おうよ!!ありがとな!!」
一瞬びっくりしたような顔をされてしまった。
けれどすぐに元気よく返事した時の長曾我部君の笑顔に魅せられて私は立ち尽くしてしまうのだった。