長曾我部くんのおかげでなんとか説教も長くならずに済んだ。
授業はその後何も起こらず、平和に終わったのだった。


「やっぱり誰もいないねー」


体育館裏にてひとり呟く。

今日秋の文化祭で演劇部が発表する話の台本を配られたけれどまだ配役が決まってないらしく、とりあえず読むだけ読んで来いということだったのですぐに解散になった。
もういっそ家に帰ってしまおうかとも考えたけれど今回の話はラブストーリーらしい。

あの有名な近松門左衛門の『曽根崎心中』。
女郎の初と手代の徳兵衛の愛の物語。
うちの演劇部のテーマは代々『和』であるから和風なテイストでくるとは思ってたけれど心中という結末が待っている重い話がきて正直驚いている。



「未来成仏うたがひなき恋の手本となりにけり・・・か」

正直体育館裏にきたのは長曾我部くんを見ることができたら少しでも今回の恋愛の情の話を理解できるかなと思ったから。
しかし私の考えは甘く、話の二人の愛の重さはとてつもなく大きかった。
見本になんて到底できそうにない。

長曾我部くんと一緒にいられる時間はすごく幸せ。
だけど十数年の命では命を懸けて愛すまでの心はまだ持ち合わせていなかった。


「こりゃ私お初はできないわ」
「あれ、名字じゃねえの?」
「長曾我部くん!」


体育館の裏口が開いて見覚えのある顔だと思ったら長曾我部くん。
今休憩に入ったらしく汗だくの状態だ。


「お疲れ様だね」
「おう!
 そんで今何やってんだ・・・・・・曽根崎心中か、その台本」
「うん、今年の文化祭これするんだよね」
「そうなのか、演劇部って毎年こういう雰囲気だよな。
 でも今年はなんかすごそうだ」


何て言ったって心中がきたものね。
言わなくたってわかる、というか既に長曾我部くんの顔が物語っている。


「長曾我部くんこういうのは苦手?」
「いやどちらかというと嫌いじゃないぜ。
 そんだけ焦がれた情を持ち合わせてよ、今の俺には理解できねえが永遠誓いてえほど愛したやつってことだろ。
 ある意味死にたい気持ちを理解したくはねえけどしてみたい・・・みたいな」


長曾我部君は私から台本を取り、最後のページを見るとどこか切なげな表情をする。

「まりあり、我とても遅れうか、息は一度に引取らん」

まっすぐに私を見つめてそう言った。
確かここは己の手によって弱っていく愛するお初を見て早く追いつこうとする徳兵衛の心。
苦しさやら、切なさやら、儚さやら。
本当にこんなことになったなら気持ちが溢れてただ愛する人しか見えないんだろう。
もしも長曾我部くんが徳兵衛なら・・・そう考えたとき、さっきよりもお初の気持ちに近づけた気がする。


「・・・なんてな。
 なかなか大変だとは思うが頑張れよ」
「長曾我部くんのおかげでちょっとだけだけどイメージ掴めた気がする、ありがとね」
「いや、俺は何もしてねえって。
 舞台楽しみにしてるな」
「まあまだキャストとかは全然決まってないからどうなるとか言えないんだけど、頑張るから楽しみにしててね」
「あったりめえよ!」



ああ、また長曾我部くんの笑顔だ。
一体私は一日何度この笑顔に見惚れているんだ。

もしもお初を演じるのなら長曾我部くんを思い出すんだろう。
もしも長曾我部くんを想うならお初の気持ちを実感するんだろう。


愛した人と、好きな人。
お初と徳兵衛のような気持ちはまだあんまりわからない。
だけど好きな人に夢中になって、焦がれてしまう気持ちはきっといつの世だって、どんな環境だって変わらないんだね。





※『曽根崎心中』だいたいの話
女郎お初と手代の徳兵衛が愛し合ってるけど、でも徳兵衛の叔父の娘と結婚させられそうになって結納金まで入れられちゃいます。お初がいるからなんとか継母に渡された結納金を取り返します。しかし、そのお金を友人に貸し、しばらく経ってその友人に借金は知らぬと答えられ徳兵衛は悪人扱いされることに。身の潔白を示すために徳兵衛は死ぬことを決意します。その決意を徳兵衛はお初に伝えて真夜中二人は最期を迎えます。

わかりにくくてすいません(´Д`;)
『曽根崎心中』の話は調べればどんどん出るので気になった方は是非そちらをお勧めいたします



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