In FGO:その0




今は明治の時代か、大正の時代か、はたまた平成の時代か、そんなことはもうわからない。それを証明する建造物すら残ってはいない。
唯一わかるとするならば、ここは令和よりもずっと先の時代。

気づけばこの世界に来てから随分と時が経ってしまっていた。それくらい幸せな日々が毎日顔を出してたのだ。時を忘れるぐらいに素敵な毎日。何もなかった空に金属の塊が飛ぶ世が来ようと、関東を中心とした大震災が起きようと、世界が恐慌で苦しもうと、核爆弾がこの日本に落とされようと。

ただただ、玲は流れ過行く時間に身を任せ、無惨と行動し時には笑い、悲しみ、慈しみあい、そして愛し合った。なんて幸せな日々。想い人と共に過ごせる終わりなんて見えない見えるはずがない、幸せな日々。

──そんな幸せな日常が尽きようとしているのに気が付いたのはいつの頃であったか。

終わりがあるだなんて知らずにただただ先を走り続けた世界の果てで玲は空を眺めていた。

それは人類初の無人人工衛星であるスプートニクが打ち上げられた時であろうか、ドイツに存在していたベルリンの壁が破壊された時であろうか。はたまた東京タワーが完成した時?スカイツリーが完成した時?それとも、それともそれとも、それとも。

玲がどう頭をひねろうと、記憶をたどれどてんで見当がつかぬ。令和より先の元号になろうとも、いろいろなことが起きようとも、日々を謳歌し、いつものように愛しい人におはようと言える日が来るのだと思っていた。

兎にも角にも、最早気づいた時には何もかも遅かったのだと、玲は自身を薄ぼんやりとした意識の中に置いた。

今日は世界の最期の日。神様がいなくなった世界は守られなくなって、みんなが消えゆく、剪定されてしまう日。私が消えてしまう日、そして無惨も消えてしまう日。玲は意識を無くさぬために自身の腕をかじった。いたい。

でも、まぁ気づいたとしても結末は変わらなかったのだろう。神様がこの世界を見限った時点で世界を支える根は消え失せたのだ。人間に世界を保たせる術は持ち合わせていない。

世界は神様から栄養を絶たれ、元気な顔を取り繕うことができなくなってしまった。一日、一日、また一日。世界は小さくなっていった。

それでも世界は気丈にふるまおうとしたのかこの世界の住人は死んではいない。眠りについたのだ、永い眠りに、一人、また一人と。鬼には関係のない話だとみんなで笑い飛ばしたあの日がひどく懐かしい。


──誰が一番最後まで起きていられるか勝負致しましょう!


そんなことを無邪気に宣った童磨は神様に迎え入れられたかのように、いの一番に眠りについてしまっていた。
それにつられ、臆病風をふかせた半天狗は体を震わせていたが、いつの間にか身を震わせることはなくなった。
世界が終わろうとも関係がないと貫いていた玉壺はある日、壺から出てこなくなってしまった。


──世界が終わろうと……未だ私の剣が高みに上りきることは……ない。


そんなことを悔やみながら黒死牟も眠りについた。眠る前に会いたい人でもいたのだろうか、猗窩座は眠気に誘われながらふらりとどこかへ消えていき、帰ってくることは無かった。
鳴女さんは私が悲しまないように昨日まで琵琶の音を毎日響かせてくれていた。

死ぬことはない、安らかな夢を神様から与えられたように。息はしている。心臓も止まってはいない。しかし、皆、目を覚ますことはなかった。

神様。この世界はなくなってしまうのですか。再び私の居場所は無くなってしまうのですか。そう思いながら玲は訳もなく傍らで先ほどそっと眠りについた無惨の肩に寄りかかった。
無惨、とそう玲が無惨に声をかけるも、無惨が目を覚ますことはついぞなく。そのことにどうしようもなく笑いがこぼれた。
静まり返った無限城のなかで玲の笑い声だけがこだまする。こんな、こんな終わり方になるだなんて。


「無惨……」


グラり、と玲の意識が白く飛び始める。もう世界が限界に近いのだ。幾ら世界が大丈夫と気丈に振舞おうと所詮時間が伸びただけである。世界が滅ぶことに変わりはない。その伸びた時間は、皆が眠り苦痛で世界が満ちてしまわないようにと、用意された時間であった。
別世界の人間の存在によってかろうじて延命されていた世界が無慈悲に終焉を迎える。

晩鐘すらもう誰も指し示すことはない。

玲は無惨の手を取り、自身の顔に押し当てた。暖かいのに起きることはもうないその手を。

はらり、はらりと、玲が涙を流すも誰も玲の涙を拭うものはいなかった。いつもなら無惨がすぐに拭ってくれるのに。

世界が真っ白に包まれる。玲は無惨を抱きしめながら迫りくる白を見つめ、そして誰も聞く人がいない世界で玲はポツリとつぶやいた。

私は消えても良いから、無惨は、皆には生きてて、ほしい、なぁ。