その弍




※月の裏側の後のお話


一つの襖がそろりと開かれ、鳴女は琵琶を弾くのをやめ、出てきた人物を見つめた。
その人物はかつて己が監視していた人間である。今は鬼となってしまったが、立って歩けるまでに回復したその彼女の姿を見て鳴女は酷く安心していた。
玲も鳴女に気がついたのか軽く会釈をした後に声をかけてくる。初めましてだとか、お名前はなんて言うんですかなどといったありきたりな事である。彼女と話せる日が来るなんてと感慨深い気持ちになっていた鳴女は快く玲との会話を楽しんでいた。因みにいつの間にか部屋に現れ、こちらを見てくる無惨の視線は無視である。気になるならこっちに来れば良いものを。
その心を読み取られたのか少し恨みがましい視線を寄越してきた無惨が玲の近くに寄ってくる。が、玲は少し無惨に距離を置くように移動を始めた。これはちょっと鳴女にも意外であった。
その様子が酷く気になって無惨から玲に視線を向けるとそこには顔を赤くさせた彼女が居た。あら可愛い。しかし無惨は不服そうである。そんな雰囲気を出しながらもどこか玲の顔色を伺っている無惨も彼女もどっちもどっちで鳴女には可愛く見えてしまった。何だこの上司は。

「……身体はもう大丈夫か」
「大丈夫です、おかげで空腹感は無くなりました」
「今度また腹を空かせたならば申せよ」
「いや、もうアレは大丈夫、です。……その代わりたまにこう抱きつかせてください」

そう言いながら玲は無惨に近寄り、抱きついた。初めての出来事の後で恥ずかしさが勝りタメ口と敬語が混ざるのはご愛敬である。
この場に下弦がいたものならば奇声を発して解体されていただろう。いつの未来かに無くなるものが早くなるだけであるが。そんな無惨は抱きついてきた玲をしっかりと受け止め優しく抱き返す。


「何故あれはもう要らぬと申すのだ?」
「ご飯に例えると、あの、この前のその、あれがご馳走なのです……。こうやって手を握ったり抱きついたりすることはおにぎりと言いますかなんといいますか」
「なら毎日ご馳走を食わせてやるが」

「えっ、いや、だってあんなことされたら癖になっちゃう……」

顔を赤面させながら無惨に訴えたその姿は、女の鳴女でありながら情欲を煽られてしまったのかと勘違いとしてしまう程であった。無惨によって潰されていたために、今まで男に言い寄られた事がなかった玲はそういった人を煽るというものに疎かった。それが無惨を煽ることも知らずに。

「だから、無理……って無惨、まってなんでそんな力入れるのなんで離して」
「ダメだ、癖にさせてやろう」

やいのやいの言い顔面蒼白になりながら玲がこちらに助けを求めるが鳴女は無視してベンっと琵琶を鳴らし始める。途端屋敷の構造が変わり始め二人の足元に一つの開かれた襖が現れた。

「鳴女さん!?」
「よくやった!鳴女!!」

両思いのカップルなんぞ同じ部屋に詰めておけばなるようになるのだ。無惨の気がすめば玲も出て来れるだろう。
どうぞお幸せに。