分岐 | ナノ

※ねこです。よろしくお願いします。

吾輩は猫である。名前はある時もあるがない時もある。猫は猫である。
どこで生まれたかは検討がつかぬが、いつ生まれたのかは検討がつく。醍醐天皇の延喜の治の時であったか、源氏物語が港に流行り、色恋沙汰が流行った時であったか。つまりは人の言う平安初期から中期に吾輩は生まれたのだ。吾輩の周りにはいつも人間がおった。おるだけであって、おるだけでは道端の花々や石ころそしてそこいらに転がる死体と何ら変わりがない。吾輩は縄張り争いでぶんどった場所にゴロゴロと転がり人に愛想を振りまき餌を貰うのが日課であった。人間という種族は善し悪しがある。吾輩の身体を撫で回すのが普通の人間であるならば、その上で餌をくれるのが良い人間。反面、撫で回さずに吾輩ら同族を蹴ったり、踏んずけたりする輩が悪い人間である。三味線の皮にされかけたこともあるがそれは悪い人間であるかもしれぬが彼らも生きていく上で必要なのであろう。嫌がらせに狩ったネズミを数匹門の前に投げ捨ててやった。ざまあみさらせ。

人間をからかい仕返しを喰らいすったもんだを繰り広げていたある日、吾輩は三味線の輩に追いかけ回されていた。ものすごくくどい。やはりあやつらは悪い奴らである。ねうねうと文句を垂れながら知らぬ家の部屋に入り込む。人の家は良い、雨風を凌げ虫も居ない。木の床も良いが畳も一等良い。三味線の男の金切り声を無視しながら暖かい布団の上で寝ることにした。こういう家の人は娯楽に満ちており畜生を可愛がる性質があるから少しぐらい多めに見てくれるだろう。我ながらなんともまぁ打算的な考えであるだろうが、こうでもしなければこの都で生きていくことは叶わぬのだ。平安京の敏腕猫と名乗っても過言ではないと思いながら欠伸をかいた。



「おい紬、何処におる」

隠れた家で主となる人間を見つけたというか吾輩が見つかったと言うべきか。兎にも角にもこの家でしばらく厄介になることになった。此度の主は吾輩に紬という名前を付けたいそう可愛がってくれた。こやつは吾輩を撫でるのが今まで良くしてもらった人間よりも上手いのである。もっと撫でよ。

「温いな」

吾輩を見つけ吾輩を抱えて眠る無惨と呼ばれた少年は身体が弱いらしい。女房が言うておった。無惨は食が細く少ししか食べれぬ、それ故に吾輩の餌が少し豪勢になるが横から主人の食べ物をかっさらうのは敏腕猫のすることでは無い故に食べてやらなかった。

女房はどこの家に言っても良い奴はあまり見かけぬ。いつ死ぬのやら顔が青いやら本人が聞こえる範囲内で言うのだから尚更タチが悪い。それならば別の家にいた頃に見かけた喧嘩を売るようにして以前男を弄ぶ歌を編んだ女房の方が勇ましいと思うものを。暇だからといって人間を人間が虐める理由が猫である吾輩には分からぬ。これ以上身体が弱いのに精神が弱っては叶わんと思った吾輩は女房たちに突っ込んでいった。ゴロンと腹を見せねうねうと言いながら少し媚びを売れば主人の事を忘れ吾輩に熱を上げる女房をたち見て浅ましい奴らだとせせら笑った。

「お前を撫でるのは私だけではダメなのか」

まるで買い与えられた玩具が他者に取られたような顔をしながら吾輩を睨む我が主。どうやら機嫌が悪いらしい。女房に絡んだ理由を知ってか知らずか女房が撫でた場所ばかりを撫でてくる。雌猫と雄猫の修羅場に巻き込まれた時よりも怖い。しかし怖いが吾輩は猫である。故に無視して主人の身体に自身の頭を擦り付ける。これがダメなら自慢の前足を使いふみふみしてやろう。吾輩の愛情表現が効いてきたのか知らぬが我が主の機嫌は治っていった。そのまま病も飛び去っていってしまえ。

そう願ったのかは知らないが最近我が主はちゃんと食べるようになってきた。それもこれも吾輩の粘りが効いたのかは分からぬ。餌皿を主の目の前に引き摺り、主が一口食べたのならば吾輩も一口食べ、もう食えぬのなら吾輩も食わなかった。なに、以前は食べれぬ日が続いた日もあったのだから食べる量が少なかろうが生きていけるのだ。これはもしや病も治るのではないか?吾輩は敏腕猫ではあったがよもやそのような力を持っているとは思わなんだ。


主に飼われ数年が経った。健康になったかと思えば床に伏せ、吾輩を抱いて眠り、女房の陰口を無視して生きていたがココ最近主の体調がすこぶる良いのだ。干し芋のようにひょろひょろだった身体は牛や馬のように逞しくなった。医者の尽力なのだろう、最近見かけないが今度医者を見かけたら撫でさせてやろう。平安一の敏腕猫を撫でれることなどそうそうないのだ。ふふん。その代わり主は日中外に出ることはなくなってしまった、ポカポカ陽気の中日向に寝そべり寝ることが出来ないらしい。主人である無惨曰く鬼になってしまったそうだ。こんな美しい鬼がいてたまるかと思い生きていたが、陰口を叩いていた女房が日に日に消えていったのでまぁそうなのかもしれない。吾輩には関係がないゆえまぁどうでも良いのだ。そうだ、日向ぼっこをしてこの陽の光を主に届けてやろうではないか。吾輩は黒猫ゆえ光を集めやすいのだ。良い閃きである。そうと決まれば即実行それが猫である。


陽の光を集め主人を待ったが主人はその日から帰ってこなかった。




吾輩は猫である、名前は紬という名前があったが今は無い。我が主の無惨が帰ってこなくなってしまったので吾輩は旅に出ることにした。
猫は死に際姿を見せぬので我が主であった無惨もきっと死んでしまったのだな。

それから吾輩は色々な時代を見て回った。土地の税金徴収を拒否するために刀を持つものが現れ始めたり、この世は終わりだと叫んだ人々たちが新興仏教に狂い踊ったり禅などと言いながら胡座をかいて寝ているのを吾輩は見た。

あれから何度も飼われる機会を得たがやはり無惨が撫でてくれるのが1番よかった。刀を持ち人を殺し合うもの達はなんて浅ましいものか。ついでに言うと帯刀している人間は撫で方が無骨である。特に前にあった双子の兄弟はいい意味で落差が大きすぎた、弟の方は優しい撫で肩ができていたのに対し、兄の方は畜生に触ることに慣れていなかったらしい。まるで虎を触るかのように吾輩に恐る恐る触れていたのだ、何度も言うが吾輩は猫である。別に政治ぐらいに怖い生き物ではないのだ。ねうねうと撫でているあいだに鳴いてやればびくりと肩を震わせこちらを凝視していた。なんともまぁ可愛い人間ではないか。双子と出会ったのは戦国時代であったからもう生きてはいまいと思うがもし生きていたらもう一度会いたいものである。いつの間にか2つに別れていたしっぽを振りながら山の中へ歩いていった。次はどうやら将軍は江戸に幕府を置くらしい。今度は江戸の敏腕猫にならねばならぬ。




「紬、お前猫又になったのか」

吾輩の目の前にかつて死んだはずの我が主であった無惨が目の前に立っていた。山の中で迷った吾輩は良くわからぬ化生に襲われていた所を助けて貰ったのだ。本当に間が良かった。やはり吾輩は運が良い。

「お前はまだ熱を持っているのだな」

無惨が屈み、スーッと撫でられ吾輩の身体がふにゃんととろけ出す。そうそう、これ。これなのだ。同族である人間を喰らう身分になった目の前の男は今も昔も変わらず吾輩の身体を撫で回す。ふふふもっと撫でてくれて構わぬのだぞと頭を擦りつければ服に猫の毛がつくとピシャリと言われてしまった。解せぬ。

その癖に気にしていた服を無視しながら吾輩を抱えだす。本当に解せぬが無惨は温いので許してやろうとゴロゴロと喉を鳴らせば頭を優しく撫でられる。吾輩は豆腐ではないがそのくらいで撫でてくれる気遣いのある人間は嫌いではない。吾輩を置いていったことは許してやろう、今度は吾輩も連れて行っておくれ。

しかし主よ吾輩は江戸に行きたいのだがここは一体どこなのであろうか。